年末、門松はどうしても蹴ってしまいそうなので置かず、しめ飾りだけは玄関に付けてお待ちしていました。
元日、お節やお酒をどうぞとお勧めしました。
それから鏡餅の辺りが妙に清浄で良い感じを受けたのでお見えに? と思って喜んで正月を過ごしました。
この数日寒くて神棚のある部屋にあまり入りませんでした。ほんの少し寒さが緩んだ今夜鏡餅をじっと見たらそれはただの鏡餅のようでした。
どうやらお帰りに? みたいです。
「ごちそう用意してお待ちしております。年神様、またいらしてください😊」とお願いしました。
どの一日も一日ということはかわりません。日々感謝して過ごしている人にとっては。
でも共にお節を食べてお神酒を飲む気持ちが大事ということです。
コロナで離れることの意味を考えた後は以前に戻るのではなく少し違う共にが重要な年になると思います。その少し違うは正直まだよく分かりません。皆で見つけていくことになるのでしょう。