コメントでいただいた疑問を読んで、そういえば神社の気がよくない(と感じられる)ことがある問題について書いたことはなかったかもと思い、昨日の記事の補足として新たに書いてみることにしました。少し前に書いた神社の力の低下とかぶっているところが多いです。
神社で良い気をいただけるはずがむしろ悪い気が集まっているように感じられることについて何が原因か問うてみると、「神社の力がコロナ前に比べて低下している。エネルギー不足、つまり気枯れ」との返事でした。
一部神社はかろうじて力を維持しているが残り大半の神社が影響を受けていると。
本来は神社の力が強く、参拝者に力が分け与えられるのだそうですが、今は流れていくはずの力が誤解を恐れずに言えば余裕がないと。コロナ禍で減った参拝者は個人的な心配事の解消を願うことが多いために良い気は減る一方だとか。
#ある神社では日参する人が少数いるそうですが他者のため世のためだけを祈る人は残念ですが今はいないそうです。昔はいたそうですが……。
そのために人によっては、活力がないような感じ、力が吸い取られるような感じを受けるのかもしれませんね。
御祭神ご眷属はもちろんコロナそのものの影響は受けません。ですが、交流のための神社という施設は一方通行になってしまって(影響を受けて)いるのだそうです。
大事なことは循環と強調されました。神々から人へ向かうもの、人から神々へ向かうもの、常に流れ続けるべきものだそうです。それが停滞すると、そこから先はなくなる。それが気枯れだと。
循環とそれを維持する絆はこの世の事全てがそうであるから、このことを考えてほしいとの答えでした。
#ご神職が務めに励んでいても人間の間で何か問題があってそれが影響している場合もあるかもしれませんが、今回はあくまでも全体的な問題についていただいた答えをまとめたものです。ですから的確な答えではないかもしれませんが今書けるのはこれくらいです。
#工事等によりいわゆる竜脈が断たれてエネルギー供給に問題をかかえた。遷座した場所がそれまでより土地の力が弱かった。ご神木(社叢)がなくなった。ご眷属が減ってしまった。氏子が減ってにぎやかにお祭りができなくなった。御祭神ご眷属への感謝の念を持って参る者が減った。どれも神社の力を低下させてしまうものです。