ほわほわ神社生活

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神社が暮らしの中にあるおっさんのちょっとだけ変わった日常です。主に岡山県広島県の神社巡りをしています。神社巡りの記録や神社のことで思うことを書いています。

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興味を持っているからそうなるのか、あるいは逆か

タイトルが長いうえに分かりにくいですね。

スピ的に興味を持ったことは何らかの意味がきちんとある(だろう)という話です。

 

目次

【エンジェルナンバーのこと】

 

a-wi.hatenablog.com

 昔書いたこの記事のダイジェスト。エンジェルナンバーが本当に天使がどうかなどは関係ありません。世に広まったことであれば利用できるから守護霊ならそれを手段として使用することはありえます。

 

自分達が伝えたいこと(メッセージ)を文字で理解させるには本であったり、人気の曲の歌詞であったり、もっとストレートにおみくじであったり、一部の占いもそうでしょう。特別な意識で文章を読ませられれば目的は達することができるわけですから。

 

【鳥の羽根のこと】

鳥の羽根を見ることはスピ的にこういった意味があるといろいろ解説されています。私も過去そうしたものに影響されていました。例えば羽根を拾ったりとか😅

 

そうか、羽根かと思うと不思議なくらい羽根が現れるものです。意識したから目にするようになっただけだよと思われたことでしょう。でも小学生中学生の頃、長い通学路を下を見ながら一歩一歩歩いていてもそんなに見た覚えはないです。動物は好きだから落ちていたら気にしていたはずなのですが……。

 

羽根はメッセージと思った時から、傷の無い綺麗な風切り羽根が自分だけが歩く道や家の敷地に落ちていました。神社であれも観て置こうと近づいた場所、参道ど真ん中にふわふわの羽根が落ちていたり。軽いですからそんな所にいつまでも都合よく落ちているわけないです、たぶん。

 

カラスや鳩の羽根が多かったです。拾った羽根は綺麗に消毒してビニール袋に入れて保存しました。

 

今から思えば、羽根のそれぞれの意味は当時の私に伝えたいことがあればこうなるだろうなといったものです。

 

【結論】

見えない世界からは常に接触を試みているようです。しかし、それを直接伝えることは困難なため、様々な間接的手段によっているようです(見えない以上個人的確信をもっても断言はできないのです)。

 

しかし間接的故にこちらの協力が不可欠なのは間違いありません。そのため、人間の興味をひくために用意(もたらされたとも言えるかと)されたものが多くあるようです。今回はそのうちの二つだけですが世の中にはまだまだたくさんあります。

 

特殊な霊的能力は不要です。周囲に注意をはらうこと、体験を記録してその後の物事と照らし合わせて考えること、これを心がけるだけで次第に変化が訪れるはずです。

 

おそらく途中で過度に依存します。そしてまた己中心に戻っていくでしょう。あくまでもこの世を生きていくのは自分ですからね。この世の目に見えることと見えないことのバランスをきちんととれるようになっていることに気がつくはずです。

 

何も目覚めなくても人生を楽に(そして力強く)できると思います。

 

学ぶことは一瞬の中断停止もありません。神々だの高次元だの馬鹿らしいと思う人は目に見えることに集中して学ぼうとしているだけ。目に見えないものに意識を向ける人はまた別の学びに集中している。自らが今学びたいことを楽しめばそれでいいのです。

#私自身は楽しいは喜怒哀楽全てを楽しいの一言で言い表しています。でも真似しなくていいです。途中が死ぬほどキツイので😅