ほわほわ神社生活

ほわほわ神社生活

神社が暮らしの中にあるおっさんのちょっとだけ変わった日常です。主に岡山県広島県の神社巡りをしています。神社巡りの記録や神社のことで思うことを書いています。

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肥大したものを一度削ぎ落してみる

今回は食欲のことでして。

三大欲求と言われることから抑えることは難しい。だから好きに食べている人は多いと感じます。病気で食事に制限がある人は除きます。

 

私にはわかりやすい霊能力はありません。唯一何の苦も無く呼吸レベルで可能なのが霊界迷惑電話😅 着信拒否する相手だろうがおかまいなく接続する能力です。といっても、好き好んで邪霊と繋がりたい人間はいませんから、私も守護霊とのやりとりが大半を占めます。

 

妹と呼んでいるのが私の狭義での守護霊で他に広い意味でサポートしてくれる守護霊達もいます。これから書くのは6年くらい前のことです。

 

当時、私はキムチをおやつに食べていました。スーパー等で国産キムチのパックを買っては渋茶を飲みながら一度に食べるのです。これが実に美味い😋 が、私の器は胃腸が弱点のため、キムチ大食いは負担になって腹の具合が悪くなるのです。美味いからそれくらいいいやと続けていると妹に思いっきり止められました。自分の身体をもっと大切に扱うようにとのこと。大好物ゆえにかなり抵抗を感じました。ですが、私の身を案じてくれる妹の気持ちとキムチ食いたい自由意志ではどちらが大事かは考えるまでもありません。ここでキムチ食う自由意志を主張したら人間として終わりな気がしました。

 

まあ、それでも悪あがきして最後に1パックだけと言って呆れた反応にさすがに撤回した気がします(記憶が曖昧で、もしかしたら言い訳しつつ食べたのかも)😅

 

しばらくは置いてあるコーナーの前を通るのが辛かったです。ですが、腹の具合が良くなるし、妹の気持ちを踏みにじらないでよかったと安堵する気持ちが勝るのはすぐでした。

#キムチ何パックも食べても何ともない人もいるのでしょう。これは器ごとの差。自分の器に合わせて食べるようにしましょう。

 

先輩から妹が私に伝えたいことを聴いて、四つ足を食うことをやめました。それ以前から牛肉を食べなくなっていたので問題は豚肉でした。豚の角煮や生姜焼きは我が家の食卓に頻繁にのるおかずでしたから、これは大変でした。でも年のせいか胃がもたれることが多くなっていたのが肉をたらふく食わなくなって少なくなりました。

 

神社の掃除をするのも、より清らかでできるならよかろうと楽しくそうできるから我慢できました。豚肉料理も牛肉同様に二か月ほどの辛抱の結果、無いのが当たり前になりました。

 

数年これが続くともう肉の塊は食べ物以外の何かくらいの扱いに心ではなっています。自分が食べないものに対しては食べ物としての気持ちは動かなくなるようです。

 

6年ほど前の私は、食事に肉が無いと酷い飯だくらいにぶつぶつ言っていたのですから我ながらえらい変わりようです。

 

他にこれは賛否あるでしょうけど、断ち物でソフトクリームも生涯口にしないと決めています。

 

普段の食事は、赤い味噌をたっぷり使った濃い味噌汁と米の飯に魚か鶏肉のおかずが多いです。本当は玄米か麦飯が好みなのですがさすがにこれは家族が猛反対して挫折です。

 

遠くの神社にお詣り(遠征)時は四つ足がダメなことから和食チェーンとか回転寿司にうどんくらいしか寄れるお店がありません。てんぷら定食とか刺身定食で1500円くらいのものは凄いご馳走です。まあ、そんな都合の良いお店が山奥にそうそうあるわけもなく、いつもコンビニで肉の使われていないおにぎり🍙を買ってすませています。腹が減っている時はおにぎりが喉にひっかかったのをお茶で流すと充分満足できます。

 

上で書いたように米の飯に飯の友がひとつ、それにドロドロの味噌汁で腹が一杯になれば不満なく食事を終えられるようになりました。

会食等で豪勢な飯を食べる時はちゃんと「うわあ」と喜んでいただいてます😋

 

この記事で言いたいことは、自分が何を求めているのか一度きちんと確認することの大切さです。米の飯に表面を香ばしく焼いた明太子とか、海苔の佃煮とかいかなごくぎ煮とか日本の美味で身も心も満たされるなら、あとは全ておまけになります。おまけはおまけ。あれば楽しみ、無ければ無いだけ。美食を否定してはいませんので楽しむのは各自の自由です。私も最低限に少しだけ付け足して楽しんでいます🙂 各国の料理を眺めて味を想像するのも楽しいです。

 

肥大したものを満たそうとすると苦が増えます。これは誰かに責任を押し付けることなく己ができること。己を確かめるのは楽しいことです。

 

追記

ありがたいと思うのはただのきっかけで、そこで止まっていたらあまり意味がないことに。もちろん、不平不満よりはるかにいいですが。