周防国と長門国を残していた妹リストの神社をこの連休に駆け足でお詣りし、中四国全県を訪れたことで、私の旅は終わりました。秋の連休を雨予報のために何度も見送らざるをえず、11月の最初と最後の連休にかけていました。最後の神社を後にして高速を走り始めてもやったぞという高揚感は全く無かった。ただ、肩の荷が下りた安堵だけが器を満たしていました😌 昨夜はいつもの倍の時間ぐっすり快眠でした。プレッシャーは自分が感じていた以上だったとこれでわかりました。
この世の事だから完璧はなかなか難しい。登山で断念、指定神社が地図上に見当たらない、立ち入り禁止? でお詣りが困難な場所等、残った神社も数社ありますがそれはもういいらしく、リスト消化とみなすとの返事で、私が人生でしたかったことは終了となりました。

私ならできると思った(からこの設定にした)と自分に聴かされてから5年。そっちは決めるだけでするのは私なんだけどと納得いかなかった日も過去の事。私の想ったことはどちらも正しかったのでした。
1年くらいだったかな。なかなかすることを思い出せないから、チーム以外の人達に大丈夫なのかとずいぶん心配されたのもいい思い出です😅 1日経った今はやすらぎ? みたいな状態です。
私の旅は終りとなりましたが、あなたの旅はどうでしょうか?
宿に泊まってその宿の悪口を言っているだけで旅を終えるつもりの人が多いです。歩いて見えるもの聴こえるものを楽しんで、それを過去のものにしていかない人が多いです😔
怒るためにその対象を探すだけの毎日は楽しいですか? そのために生まれてきたと自信をもって言い切れますか? そのエネルギーを歩みのために使えば一歩一歩目的地に近づいていけるのではないですか?
上のように生きているならそれはもうほとんど器を持っている地縛霊です🧟♀️
#いいことと思っている執着で体験の範囲を狭めている意味で使っています。
人が歩き続ける道は良い道です。歩かない道はたちまち草が生い茂る道に変わります。そうなると歩こうと思っても歩けなくなります。いい道のうちに歩くか、酷い道になってから歩くかは自由です。自由ですけど、どんな道でも宿を出て歩き続けたものだけがいつか旅を終えることができるのです。