これから書くことは何も示せる証拠はありません。与太話と思ってもらって構いません。ただ、書く私には全責任があるゆえに、私の方は覚悟の上とだけ書いて始めます。

神社の本社と分社は肉眼では見えないネットワークを作っています。本社から分社へ、さらに分社から次の分社へと派遣されるのだから当然と言えば当然のこと。
この流れをネットワークと呼ぶのなら、別方向から加わった流れは同じネットワークに無いとも言えるはず。
ある神社ネットワークは今まではこの流れの末端にあるわずかな重なりに諸事情で充分に手が入っていない所もあったようです。ですが、先日から末端部分の指導、調整が一段厳しくなったのを聞きました。
人々がより安心してお詣りできるように動きがあったのなら、これからは変わっていくことでしょう。御祭神様からご眷属様への指示はすみやかに実行されると聞きます。
以前と何か違うと感じる方もおられると思います。
これは祀られているのだろうかと疑問に思うほど物が散乱しているとか周囲の木々が全く手入れされておらず社殿にかかっているとかの場に、あえて積極的に手を合わせようとは言いませんが、お社が小さいからとか祠が古いからやめようと思わなくてもよくなっていくのでしょう。
鳥居と祠だけの小さな神社は近くの人が祀っている形もあります。それはそこにおられる存在と近所の人でムスビがあるので、最初からその和に入っていない者は、鳥居から参道を歩いて手水舎の後に社殿にまいる形のある程度の大きさの神社にお詣りの形にしておけばよいのではと思います。
あちらが変わるなら……こちらも変わらねば。より良きムスビのために。
#腰をいためてしばらくパソコンをさわれませんでしたがかなりよくなってきたので、時間がかかる神社巡り記事以外で比較的短時間で書けるものを公開していきます。