ほわほわ神社生活

ほわほわ神社生活

神社が暮らしの中にあるおっさんのちょっとだけ変わった日常です。主に岡山県広島県の神社巡りをしています。神社巡りの記録や神社のことで思うことを書いています。

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間もなく神嘗祭。そして来月は新嘗祭。

異常気象に負けずに今年もお米が実ったので、この時期くらいは日本ではなく豊葦原瑞穂国🌾と書いてみます😌

 

神嘗祭は伊勢神宮だから、瑞穂国の民が直接関係あるのは新嘗祭の方。11月23日に天皇陛下が新米を召し上がられてから、民も実りに感謝していただくのが昔(戦後に廃れるまで)は普通のことだったみたいです。

今は新米が9月中頃から店頭に並び始め、10月には当たり前に流通(稲刈りがすすむ)しています。

 

となると、昭和のようにお年寄りから新米はまだ食うなと言われて育ってない人は、普通に買って食べるのは無理もないこと。一年分まとめ買いしない人は、この頃に無くなったお米を買いにいくと、それが新米だったということも大きな理由でしょうね。

 

でも、それでは面白くないだろう?😤

 

教典が無く、個人が修めるべき教えが無い神道は祭り(祀り)が大事。

 

だから、新嘗祭がすむまでは新米は食わないことにしています。そこで問題になるのが物と意識。物としての新米は己が管理できないもの(弁当や外食)として口にしているはずなのですね。これは現代日本では防ぎようがないのです😔

 

信仰の点で、知っていて行ったか知らずに行ってしまったのかは明確に区別されています🙂

#神社神道がこれをどう捉えているかは私は知りません。

 

祭り(祀り)には上からの指示(命令)で行われるものと、下から上に差し出すものがあります。

 

上からのは、”お告げ”です。それによって下の者(人間)が行うことになるのが祭り(祀り)でした。

 

下からのは、上への報告になります。昔の社会では食糧生産が大きな問題だっただけに、実り(をもたらしてくださった存在)を前に感謝、喜びの時としたでいいかと。

 

なら個人個人でありがとうございますでいいのでは? と思われるでしょうが、それでは村がある意味は薄れていくのです。半ば強制的でも一人と大勢、己と他者の違いと意味をその時代なりの形で学べていました。

 

”ある時をもって集団が持つ力を発揮するためのもの=祭り”のひとつが新嘗祭です。だから数はどれだけ減っても、意識を合わせる行いをその日まで新米を食べないこととして守っている人が今でもいるわけです。

 

今は収穫後に稲わらが日用品に姿を変えることもほとんどなく、稲は米としか認識しないのかな? これは答えは(ひとつではないから)書かないのでほんのちょっとだけ考えてみてください🙏 

 

正直、新嘗祭後に新米を炊いて食べるのを守るだけなら、昨年の米がまだたくさん家にあれば苦も無く行えることです。私みたいに新嘗祭の後におにぎり🍙天国なんてことをやっていると少しだけ大変ですけど😅

 

でも…

 

a-wi.hatenablog.com

たのしいピクニックを神様と共にするから、全部梅干しのおにぎり🍙という多様性の無さで全く問題ないのであります😤 

準備も楽しいです、本当は。

 

というわけで、ヒャッハー新嘗祭だー! な秋を楽しみましょう💪

あの日の祭りへ心は飛ぶ

お題がかわってしまったが全く気にしない。

 

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懐かしい昭和の日へ

 

朝起きて虫取り網をつかんで外に飛び出し、山からの水が流れる溝へ急ぐ。コンクリートの上、そばにある花壇にさされた棒の上、小さな点が見えてくる。息を殺してそっと近づく。点は膨らみ、赤トンボの姿となる。飛び立つ前に網は振り下ろされた。

 

指の間で震えるトンボを眺めていると自分を呼ぶ母の声。飛び去るトンボを見送り、家に入って座るは貧しくも好物の並ぶ食卓。

 

集合場所へ駆けるも自分が最後。近所の幼なじみ達とにぎやかに向かう学校。帰宅したら近くの公園で薄暗くなるまで遊ぶ。一人また一人と親の声で姿を消し、公園に静寂が戻る。

 

そんな繰り返しの昭和の日々。地区の皆が集まる秋晴れの日、御神灯が立てられ、道に沿って伸ばされる藁縄。ひらひらした白い紙が縄に付けられ、見慣れた景色は一変する。

 

家に帰り、その日を終える。

 

朝が来て皆で家を出る。風にはためく幟の下には多くの人。この日のために今住む土地から帰ってきた人の姿。今日は産土様の秋祭り。

 

女は集まり、酒の肴の支度にとりかかる。大鍋から漂う味噌の馥郁たる香。子供は追い出され、競って神社へ走る。

 

毎年ではないが神楽の年もある。幼いものには目の前のお面を付けた人が何者かはわからない。ただ、特別な空気に心は踊る。

さあ時間だ。入りきれず境内に並ぶ人の波。お社の中では祝詞や太鼓。知らない不思議な世界は厳かにそこにあった。

神社から移動する。男は集まって酒を飲み、女たちが用意した料理を食べ、次第に大きな声となり。笑い声がこだまする。

 

家ではちらし寿司が待っている。その前に子供は神様からいただいたお米を何粒か食べる。意味はわからないが神様のお米に神妙な顔つきになっている。

 

翌日、幟も御神灯も縄も外され倉庫へ。春までしばしの別れ。

 

子供達の心は早くも運動会に向かっていた。

 

おわり

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記憶の中の、皆が集まり力を合わせ笑っていたもう二度と戻らぬ我が祭りの姿。人と人が力を合わせ和を作ることは当たり前だった古き良き昭和は遠い彼方。

 

祭りが自然にその集落の一部だった時代も一部の者だけが繋ぐ時代も知る私の世代は、この記憶と想いをあちらに持ち帰り、いつの日か新たな形をこの世にもたらす役目なのかもしれません。

 

賑やかな祭りが今も残る土地の皆さん、皆で造るものをいつまでも大切にしてください。

大原神社(岡山県美作市古町1687)

妹リストの中にある神社のうち数パーセントは諸事情で残っています。気負わずお詣りできるものはそうしておこうと思って、今回美作国へ。三社のうち山中の天津神社は除き、残る記事は旧郷社の大原神社です。

 

目次

 

【御祭神】

大己貴命

【御由緒】

岡山県神社庁

こちらのページの下の方にある岡山県神社誌(pdf)を開いて478ページを読むと、大原神社の御由緒が書かれています。御由緒の最初にある仁徳天皇三歳とは、竈の煙で有名な税を免除した三年のことで、4世紀初頭らしいです。千数百年の古社なので近隣一の郷社なのも納得です。

 

社頭に由緒看板らしきものがあったのですが、汚れて文字が書かれていたのかもよくわからなくなっていました。

【大原神社への道】

国道429号(東西)と国道373号(南北)との古町交差点から東へ150メートルくらい離れています。いかにもな緑がすぐに見えます。線路の下をくぐったらその左が神社です🙂

入り口は線路に近い所は狭いです。他がいいかもしれません。ポールとチェーンは飛び飛びに設置されているので車が入ることができました。

 

線路手前には車が曲がれる道はないので、早めにウインカーを出して後続車に知らせましょう。

 

石段前のスペース(駐車場)はとめ方によりますが、3~4台は楽にとめられそうだと思えました。

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

前の道から長い石段が見えるので車椅子では無理そうですが、線路に沿って舗装された坂道が上に延びていて、随身門の向こう側まで入ることができます🙂

駐車場から横の道へ入る辺りは細くて1.7メートルくらいだったかと思います。上の方がやや広くて2メートルほど。

随身門横の辺りは2メートルないとメモに書いていました。軽ならなんとか、コンパクトカーだと人によっては恐怖を感じるかも?😖 荷物運搬の軽トラが通るための道なのでしょう。

随身門の横です。境内の様子にある随身門の写真も参考にしてください。

この坂道を横から撮った写真を貼ります。このくらいの坂が数十メートル続きますので、下から押すのは独りだと疲れるはずです。

#坂道は途中でさらにキツくなっていたかもしれませんが、二か月前なので記憶が曖昧になってはっきり書けなくなりました。境内の様子で最初に貼っている社頭の写真で上がれそうか判断してくださいm(__)m

上の方から道を見た写真を最後に。

随身門のある土地からは拝殿へ石段で上がるので無理に見えますけど、ここも境内の左側の斜面から(押すのはかなり大変だろうと思える所ですが)少し上がると社殿のある玉垣内へ行くことは一応可能に思えました。枯れ枝や落ち葉を取り除くと、もっと道っぽく見えるようになるはずです。

社殿のある上の平らな土地との境だったかと。

足を滑らせて横に落ちたら非常に危険なため、できれば介助者数人で慎重に進むべきでしょう😖 ここは車椅子の方のための道ではないでしょうから。

 

写真を見て難しそうなら、無理をせず随身門から拝殿に近づいてそこで手を合わせる形にしておきましょう😌🙏 

 

社殿を囲む玉垣内は段差はありますが、介助者がいれば越えられそうな10センチくらい? まで(測っていないので正確なものではないです)なので、境内社の前にも行けそうな気がしました。

 

少なくとも、神域である随身門の向こうまでは間違いなく入れるルートがありますから、お詣りして明るく軽い気持ちになって神社を後にすることは可能です😊

 

 

 

【境内の様子】

大原神社社頭

鳥居と独特な形をした灯籠

参道途中から鳥居を

随身門

随身門(社殿側)

随身門先の境内

境内の端から

拝殿前から随身門を

拝殿

拝殿(横から)

向拝(ここにある扁額は日吉山王宮)

本殿

本殿横から前

稲荷前から本殿の方を見る

境内社

境内社(金比羅神社、荒神社)

境内社(本殿裏)

境内社

境内社(伏見稲荷神社)

社務所かと

随身像

狛犬

#一部写真はAIを不要な部分の消去に使っています。彫られたお名前はボカシ処理をしてあります。お許しくださいm(__)m

 

【おまいりをおえて】

三つの県の境に近い大原はかつては因幡街道の宿場町で栄えた地でした。その地を長く守ってきた神社がこの大原神社だったそうです。大原神社のある北から続く山々の先端は、まさに人の住む地と人以外の住む地の境です。山にありますが、まるで海に突き出た岬にあるようにも思えてきます。

因幡街道大原宿|観光案内所 公式HP

遠くからでもわかる豊かな鎮守の森に期待した通り、わずかな距離で神域だと感じられたことはこの下の文に。

 

鳥居の所からがさついた感じが消えて穏やかな空気になり、随身門を抜けてさらに柔らかさが増したとメモにありました。

 

本殿の周りには、柔らかさの中にかなり軽く透き通って浮かび上がるような何かの放射を感じたともメモにありました。

#いつも書いていることで耳タコだと思います😅 あくまでも個人がその日はそんな風に感じたということです。皆さんがお詣りされた時はご自身の感覚を第一にしてください。

 

数百年前の本殿と明治大正の境内整備で作られた物が上手く調和して、落ち着いた雰囲気を醸し出していると思います。珍しい形の木製の灯籠や両部鳥居、近くの樹々が古社の趣となっている感じですね。

 

神社は今は少なくなった木造建築の美が目立ちますけど、やはり人の想いが無いとただの物になってしまいます😔

 

鳥居から拝殿までの参道を写真で見ると落ち葉や枯れ枝が散乱しておらず、とても綺麗なことに気がつかれたはずです。単に古くからある神社ではなく、今も大切に守る方々がおられるのでしょう。

 

美作の大原神社は掃除が行き届いていて、見えるものと見えないものの両方で清浄に保たれている感じがした綺麗ないい神社でした。

天一神社( 岡山県美作市野原50)

美作市で私は詣りした方がいい神社がいくつかありましたが、美作国はクマ🐻の目撃情報があるので様子を見ていました。夏に二社(どちらも妹に指示された社)お詣りしたうち、天一神社からになります。

 

目次

 

【御祭神】

天之御中主命 大山祇命 建速須佐之男命

#ホトカミの天一神社のページにはこうありました。

【御由緒】

不明

【天一神社への道】

国道429号と国道373号との古町交差点で南から来た場合は右折して国道429号を北東へ進みます。写真はありませんが、青い案内標識に429宍粟とあるのでナビ無しでも特に問題はないかと。鳥取道大原インターチェンジで降りて1キロちょっと北に進んだら上で書いた交差点です。

 

国道429号を4キロ近く走った所に左へ入る道があります。

ここからは車一台分の狭い道になります。すれ違いはできそうにないが自分だけ走ると余裕があります。天一神社は300メートル走った左にあります🙂 左奥に鳥居が見えるので素通りする心配はないでしょう。

駐車場はありませんが、鳥居の前にバックで入れば軽なら確実に、コンパクトカーだとギリギリかな? くらいのスペースがあります。道から神社とお隣の民家へ曲がる部分は2メートルよりもっと広いです。他に国道429号をそのまま約400メートル進んだ右に少し広くなっている場所がありました。

ここが合法的に駐車できるなら700メートルくらい歩けば神社なので、大きな車でもお詣りが難しいことはないでしょう🙂

 

【👩‍🦽車椅子使用の方のための情報】

上記の様に駐車場はありません。そして、鳥居前にとめられたとしても道幅は2メートル無いので、左右にわずかしか土地の余裕がありません。これでは車椅子を降ろすのは無理だと思います。とどめに、十段ほどの階段で拝殿への形です。残念ですけど、こちらの天一神社は車椅子でのお詣りは難しいと言わざるを得ません😔

 

 

 

【境内の様子】

天一神社社頭(鳥居)

鳥居から見る拝殿

拝殿

拝殿(斜めから)

拝殿から鳥居を見る

 

【おまいりをおえて】

ご覧のように集会所と同じ土地にある集落の守り神様のようでした。岡山県神社誌(岡山県神社庁で公開されているpdf)で見当たらず、由緒看板も無いので御由緒の箇所は不明としました。

 

暑い夏の午後、社殿そばで立っていると時間の流れがゆっくりになったような感じで、あまり激しい動きのない何かが漂っているような気がした覚えがあります🙂

#いつものようにあくまでも個人がその時そんな気がしたということです。何の保証もできません。

 

妹が指示する場所はいわゆるパワースポット的なことも中にはあるのですが、私との関係で選んでいる節があります。それは私にはわかりません。

 

その土地と住んできた人々の神社とのムスビの中に一時的に入らせていただきますの想いで、己自身の小さな変化を願う場所かなと思いました😌

 

少人数の集落の神社は、思念の面で荒らすも守るも参詣者の影響は大なのです。そこは常に意識しています。

 

美作の天一神社は興味深い御由緒をネットで知ることができたり、変わった狛犬がいるわけでも非常に古い社殿があるわけでもないことから、多くの方がお詣りしようとする所ではないのかもしれませんが、神様との距離が近い田舎の綺麗ないい神社でした。

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おまけ(神社とは無関係ですが)

お詣り順は次の記事になる大原神社から天一神社で、その後は津山を抜けて帰宅でした。その途中、道の駅久米の里かあと思いながら走る車の窓ガラス越しに視界に入ったのがこれ。詳しくは下のリンク先を。

モビルスーツ | 道の駅 久米の里 | 岡山県津山市 地元産の直売所とご当地グルメ

ひょんなげ百景 NO.003 ガンダム(岡山の)大地に立つ「道の駅 久米の里のガンダム」|KCTタウン

久米と言ったら確かZガンダムのある所だ😲と思い出してUターンしました。昔から知ってはいてもわざわざやって来るのには少々遠く。神社巡りをしているとこうした嬉しいおまけもあるのです😁 妹達からは、お詣り以外にその土地でもっと楽しんでいいのよと言われていますから、少しずつそのすすめに従おうとしています。その地を楽しむのもその地への敬意なのですね。やっぱり最後は神社の話になるのでした。

上一宮大粟神社(徳島県名西郡神山町神領西上角33)

数年前の阿波国神社巡りで大麻比古神社と一宮神社にはお詣り済み。今回もう一社お詣りしたいので上一宮大粟神社へ車を走らせました。それにはもちろん理由がありました。

 

目次

 

 

【御祭神】

大宜都比売神

【御由緒】

上一宮大粟神社 - Wikipedia

上一宮大粟神社[公式] (@ooawajinja) / X

 

#由緒看板は破損したのか外されていたので写真は貼りません。

【上一宮大粟神社への道】

国道438号で徳島市から西の神山町を目指します。剣山との半ば辺りですが、南北にのびる国道193号が現れるよりかなり手前にあるので、道は片側一車線で走りやすいです。徳島市からは23キロくらいだから信号のない田舎道なこともあって30分くらいで着いたのかな。特に気になる点はないです。

#国道193号から西は急に細くなるのです😱

 

鬼籠野を過ぎたら3キロほどで道の駅があります。これを通り過ぎた所で左折してセンターラインの無い民家の間の生活道路を約200メートル走ると右側に郵便局があります。その隣が参道入り口になっていて、右へ曲がると前方に大鳥居が立っています。歩いて参道を上がれる人は鳥居周辺にとめてお詣りするみたいですね。随身門からしばらくは未舗装の坂道ですが、後半部分は大きな石を並べた高さのある石段が長く続きます。歩けそうにない人や車椅子の方は次をご覧ください。

 

#神宮寺にもそのまま歩いて移動できますから、できればこちらにもお詣りを🙏 

 

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

鳥居から山を上がる自動車参道がありますから、これを登っていくのですけど、ガードレールはありませんし、道幅は対向車と楽にすれ違える感じではなかったです。距離は数百メートルでも、急坂で道を知らない登りの時はかなり不安になるかもしれません。

 

九十九折りで何度か折れ曲がった道を進んだら、神宮寺のそばで道が左右に分岐します。左が上一宮大粟神社です。

曲がってから50メートルくらいで道の左が少し広くなっています。

私はここにとめたのですが、車椅子の方が降りるのはここより先の境内の方が安全だと思います。

 

上は平らでよくしまった未舗装の土地で、玉砂利は薄いので軽く進めるでしょう。拝殿前の石畳の参道と地面との段差は数センチくらいだったかと。拝殿向拝下には10センチくらいに見えた(あまり高い段差でなく、介助者の助けがあれば乗り越えるのはできると思えたくらいです)段差があります。賽銭箱は高い所にあるから手を伸ばしても届きそうにないです。鈴緒は届きそうでしたから、たぶん鳴らせると思います🙂

 

石段数十段の八坂神社は無理ですが、社務所そばの境内社は大丈夫だと思います。

 

上一宮大粟神社は車椅子の方でも自動車参道で上がれば境内を移動できてお詣りできる神社でした。

 

 

 

【境内の様子】

上一宮大粟神社大鳥居(扁額は何メートルあるのかわかりません)

二の鳥居と随身門

斜めから

振り返って見る大鳥居

上から見る石段参道

石段参道から上の境内地

石段参道を上がった所を横から

注連柱の辺りから自動車参道(と鐘楼)を

拝殿

本殿

幣殿と本殿

社殿全景

境内社(八坂神社)

境内社(粟神社?)

手水舎

本殿後方の御神木

拝殿前方の御神木

五角柱と碑(大鳥居の近く)

狛犬(八坂神社)

#玉垣のお名前はボカシ処理をさせていただきました。お許しくださいm(__)m

 

【おまいりをおえて】

なぜこちらの神社にお詣りしたかったのかと言えば、大宜都比売神様の近くに行きたかったのです。吉備国にはお社はありませんから。

 

随身門には左右の大臣像が納められていますが写真はありません。大鳥居そばにいる狛ちゃんの写真も、拝殿天井画もありません。なぜかと言うと、体調不良のためです。車のシートに座っている間は問題ないのですが、歩くと苦しいので大鳥居近くに駐車していったん降りたのですけど、また乗って自動車参道終わりまで上がりました。

 

この上一宮大粟神社は参道が趣があるのできつそうだけどなんとか上がるぞと思っていたのです。遠方で無理してはいかんので上で書いたように車で上がってから、少しだけ下りてみました。

 

5メートルくらいですっと気の感じが変ったことで、下から上がって来たらすっかり祓い清められた状態で拝殿を見ることになるのだろうなと、ちょっとだけ残念に思ったのはよく覚えています😔

 

境内でどんな感じがしたのかはメモを取る余裕がなく、つい先日のことですがよくわかりません。ただ、体調さえ良ければもう少しのんびりしたいなあと思ったことから、下とは異なる場だったのでしょう。

 

私は普段は神紋にあまり特別な想いを持っては眺めていません。それは神社が今まで辿った歴史の途中で祀る側の考えが入っていると思うからです。今回もそうで、帰宅後に小さな紋を拡大して見たのでした。

そして、人が関与できることを越えている神々の姿をあらためて知ったのでした😌

 

大宜都比売神のお姿を以前から妹に訊いて知っていましたけど、その証拠は見せてもらったことがなく、そう信じるしかなかったのです。

 

#公開不可だそうで大きく削除して書き直しました。だから、何の事かわからないと思いますm(__)m

 

〇〇の〇〇は大きなヒントになります。もっとも、それを自由に見れる人は極々限られているはずなので、そこから神々の謎にせまることは難しいし、その知識をこの国の民の多くが共有することもないでしょう。

 

神道に教典が無いのは、この世界で少々特殊な仕事をしてもらうことになった人間に合わせて教えを届けるのに都合がいいからだろうと思います。一人一人は断片であって、それぞれが矛盾しているように見えることもあります。あちらからもたらされる情報はどんな意図があるのかはわかりません。わかる時に明らかになるのでしょう。

 

神社巡りとしては多くの物を見ずに(写真を撮らずに)帰らねばならず残念でしたけど、個人的には大きな収穫となったのでした。

 

神社は不思議に満ちた場です。この世の者とあちらの方々との接点。己のために利用する心から離れたら、それまでと違う姿が現れることもあります。主祭神の社が三つだけと言われている御祭神様への篤い想いで日々お詣りを続けていたら、ある時何かに気がつくような気がします。それは外からなのか内からなのかはわかりませんが😌

 

上一宮大粟神社は辛い石段参道の先に開けた清浄な地に、自然に背筋がのびる綺麗ないい神社でした。

お松大権現🐈(徳島県阿南市加茂町不け64-1)

記紀神話の神々ではなくても多くの人々に信仰される、人間出身の御祭神を祀る神社が各地にあります。こちらのお松大権現はお松という女性と愛猫を祀る神社で、一昨年の神社巡りでは時間が無くて見送ったのでした。今回、無謀にも日帰り参詣してきました。今回は写真が多いです。

 

目次

 

【御祭神】

お松 三毛(みけ)

【御由緒】

お松権現社 | 合格・必勝祈願の「神猫さん」

お松大権現 - Wikipedia

 

上は拝殿前にある由緒看板です。

 

【お松大権現への道】

国道55号の小松島市中心部を通り過ぎた所に赤石トンネルがあり、そこを抜けて約500メートル先の立江川手前(の土手)の徳島県道28号へ進みます。お松大権現が近づいてくると案内標識が現れます。

案内標識に従って県道28号を国道55号から別れて12キロほど走った所(左側)にある加茂谷中学校を過ぎてすぐ左折します。

この辺りには道端にお松大権現の看板と道の上に白の案内標識があるのでわかりやすいです。知らない人もちょっと寄ってみるかと思うことでしょう🙂

学校の横を通って突き当りのT字路を左折。

曲がったら数十メートル先の右側に駐車場。二十台分のスペースがあります。

私がお詣りした休日午後は、半分くらいがうまっていて、入れ替わりながらそれくらいが常にとまっている状態でした。下の写真はAIで車を消しているためにややおかしくなっている部分があります。奥の黄色の丸がお松大権現の境内です。

もし満車でも一番上にある碑の前は未舗装の土地で、こちらに駐車場の看板がありますので、上にとめることもできるのだと思います。公式サイト内境内マップによると第2駐車場でした😄

上の英霊碑のある土地の手前に

道路沿いの駐車場は近年整備されたらしく、以前はこちらだったのを残してあるのかもしれません。

 

#加茂谷トンネルを抜けたらそこに斜め左へ分かれる道がありますが、ここからお松大権現までの数百メートルは民家の間の車一台やっとの狭い道です。一度南側からUターンするように走る上で書いたルートは道の広さの点で安心できますから、こちらが絶対にいいです😤

 

【👩‍🦽車椅子使用の方のための情報】

道路に面した下の駐車場から石段右側に少し急な坂道があります。ここを押して上がるのは普通の力の人では押すのが大変でやや危険かもと思いました。

社務所の女性に伺ってみると、車椅子の方(他にも自分で石段を上がれない状態の方もだったように覚えが)はそのまま車で境内へ入ってもいいとのお返事をいただきました。ありがとうございます🙇‍♂️

さらに拝殿と社務所の間に石畳のスロープが設けられていて、上がってから向きを変えて拝殿前にも行けるとのこと😃 

こちらの地面と接している辺りの幅は枝に邪魔されてなければ70センチ以上かな。

向きを変えて拝殿に沿って進めるそうです。木の踏み台は通る時に一時的にどけても大丈夫とのこと。

賽銭箱と鈴緒の高さも低いので自分でお賽銭も鈴を鳴らすことも可能だと判断しました。

裏の本殿前の石を並べた所はガタガタするはずなので、横断する時は押してもらうと少し楽でしょう。

未舗装の境内から社務所前はこんな感じです。並べられたものが全部見えるかはわかりません。

境内にある鳥居の向こうにある多くの境内社等の全てに車椅子で行くのは、さすがに難しい所があった覚えがあります。これは山の麓にあるからやむを得ないです。それでも、車椅子の方に配慮して整備され、多くのものを見ることができるのはとても素晴らしいことですね😊

#高齢の方も多くやってこられるから、これはありがたいでしょう🙏

 

最後に伝承のやかたに入った時にある事情で気が緩んで確認を忘れたのですが、入り口の階段以外に建物の左に手すりのついたスロープがあるようです。となると、ここから車椅子の方も入れるのかも?🤔

 

お松大権現は車椅子の方に配慮された誰にでも優しい神社です。

 

 

 

【境内の様子】

お松大権現社頭(一の鳥居と招き猫)

神門の向こうから駐車場を

神門正面にある二の鳥居と天然記念物のイヌマキの大樹

二の鳥居より奥の様子

拝殿

拝殿(反対側から)

本殿

本殿正面

社殿全景

境内社(三毛を祀る猫塚)

お松の墓😌🙏

境内社(剣山本宮の遥拝所?)

境内社(荒神社)

境内社(熊野権現)

熊野権現由緒看板

地蔵岩(上部)

地蔵岩

観音岩

猫の供養塚

猫のお不動様

猫の大仏

猫の七福神

拝殿屋根上の猫瓦

拝殿前の狛猫

拝殿前(由緒看板前)の猫

社務所を向いている猫

さすり猫

招き猫(社頭のもの)

社殿の猫達

本殿と向かい合う拝殿裏の猫

猫の足跡

手水舎(他に門の向こうの境内にもあります)

猫の回廊(奥は下がっています)

伝承のやかた

出入口(霊能力が無くても、見えるぞ!)

#彫られたお名前はあえてボカシ処理をしてあります。お許しくださいm(__)m たくさんの写真ですが、まだまだ多くのものを撮っています。それくらい猫だらけです。

 

【おまいりをおえて】

猫🐈は三毛猫だったらしいので、ミケと呼んでいたのですが、調べると別の神社ではお玉らしい?🤔 ここではミケのようなので記事はミケと書きます。私はお姫様でもちゃん付け(愛称)で呼ぶので、こちらでもお松さんではなくお松と呼び捨てです。距離感がおかしいのでしょう、たぶん。軽く見るのではなく、上でも下でもない対等な関係の人として接するよという親しみを込めた気持ちは通じていると信じています。

 

蝋燭と線香が置かれていて、買ってそれを使うようになっています。拝殿辺りは線香の匂いが漂っています。私は線香の煙に敏感なために他の神社と同じようにおまいりしました。

 

社殿周囲と二の鳥居奥から自動車参道の向こう側まで、感じられるなにかの変化は結構はっきりわかります😮

#あくまでもその日の個人の感想です。保証はできません。

 

どこまでもスカッと軽いのではない気と、境内のいたるところにある無数の招き猫からくる圧力のようなものから、人によっては落ち着かない気分になるかもしれません。

 

記紀神話の神々と違って、生きてお詣りしている我々に近いぶん、良くも悪くも影響は受けやすくなっているものと思われます🙂

 

御由緒を知るとほんの少し恐れる気持ちがわくこともあるかと。でも、これだけ長期間人々の想いを寄せられ続けていると霊の怖い面はすっかり影をひそめ、仲良くおつきあいできる存在になっているものです。

#他での体験談は書きません。

 

写真は貼りませんが、長くおかげをいただいた方のお礼の文(ふみ)を社殿前で読んで目頭が熱くなりました。心と心の交流に身体の有無は関係ないなと、上で書いた思いをさらに強くしました

 

多くの猫の像や二次元化された御祭神様に和まされる場所ですけど、人を我欲で踏みにじることの意味を知って己の生き方を振り返るための場としての姿を忘れてはいけないと思います😌 これは一番上の土地にある英霊碑を含めています。

 

お松大権現は参詣者のためによく境内整備され、お詣りしやすく猫満載な楽しさがあると同時に、軽く扱われた命達の再生の物語の舞台でもある綺麗ないい神社でした。

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心の交流とかもっともらしいことを書いているおっさんのリンゴのノートの上にあるこれが、記事の説得力を最後に皆無にしてしまった😅

 

伝承のやかた内にお松と三毛のグッズが置いてあり、支払いは社務所に行ってする形でした。お松と三毛の現代的二次元補正に笑った😁 これはもう買うしかないだろう? 最初、社務所に並べられている御守り他の中に無く、売り切れなのだろうかと思ったのでした。

 

やかた内でアニメを観られるそうですが、再生中ではなかったのか気がつかず。下のはスタジオソルさんがYouTubeで公開している上映告知ムービーです。全編観たかったな。

 


www.youtube.com

 

濃茶の祠(岡山県倉敷市真備町岡田953)

八つ墓村公開記念緊急祠詣りで真備町(平成の大合併後は倉敷市真備町)にある濃茶の祠に行ってきました。

 

目次

 

【御祭神】

こいちゃのばあさん? 家老の奥方が旅先でお世話になったその土地の神社の神様?

【御由緒】

濃茶の祠|倉敷市公式ホームページ(真備支所 産業課)

上のリンクは倉敷市が真備町の金田一耕助に関するものを紹介するページのひとつです。

 

こちらは祠の横にある由緒看板です。

 

【濃茶の祠への道】

グーグルマップでできるだけわかりやすいルートを探してみて、次のルートでお詣りしました。

 

国道486号が新川辺橋から少し西で平らになっている辺りで岡山県道278号と交差します(セブンイレブン横の道)。ここを東からだと右折、西からだと左折して北へ進みます。緩やかに左にカーブした後に約700メートルの直線になります。大きく右に曲がる所で県道278号から離れてそのまま真っすぐ50メートルも行かないうちに変則的な十字路になります。

こちらへと案内してくれる金田一耕助が描かれた看板

一時停止後に右へ

ここで右折したらすぐに左折します。横溝正史疎開宅の案内が目印です。ここからは400メートルくらいで濃茶のばあさんの祠に着きます🙂

住宅の間を走ると道は次第に細くなりますが、小さな車ならスムーズにすれ違える幅はありました。

 

住宅の間を抜けるとそこからは次の十字路までの150メートルくらいがさらに狭いです。ここは車一台分で軽同士でも難しいと感じました。でも、直線で対向車は見えますから、どちらかが止まって譲れば大丈夫だと思います。下の写真は祠近くから撮ったものです。

四辻の角に祠があります。

このすぐ北(歩いて1分くらい)に横溝正史疎開宅(上の写真で奥の黄〇)があります。こちらを見学後、走って濃茶の祠に来てお詣りしてすぐ戻れば駐車したままで迷惑になることはないかも。どちらかに来てもう一方を無視して帰る金田一ファンはいないでしょう😅

#横溝正史疎開宅は月・木・金は休みだそうです。木曜なので他に車は無かったです。

 

疎開宅の左の道を進んだ先に臨時駐車場がありました。映画公開後は家の横の数台のスペースでは足りなくなるかも? こちらは駐車の仕方にもよりますけど、5台から7台くらいは大丈夫に見えました。

 

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

道の向かいにある記念碑近くにとめると駐車違反になるだろうと思います。

ですので、疎開宅を見学後に濃茶の祠にお詣りしたいことを告げて許可をいただくのがいいかと。お詣りの間もとめていいとなったら、安心してお詣りできますね。距離は100メートルくらいなので、車椅子を押してもらってゆっくり進んでも数分かからないでしょう😄

 

 

 

【境内? の様子】

濃茶の祠

濃茶の祠

濃茶の祠

賽銭箱と横溝正史が腰かけた(らしい)石

横から

観音様の札?

万人講の石?

#祠なので角度を変えたり寄ったりひいたりしても写真の数はしれています。

 

おまけ

横溝正史疎開宅(車はAIで消したのでそこがやや不自然になっています)

駐車場から塀越しに見る横溝正史疎開宅

庭

横溝正史像

横溝正史疎開宅説明板

#今日は閉館日で門に鍵がかかっていました。でも外から眺めることはできます。またいつか開館日に来て、中で本陣殺人事件の最初のページを読みたいです。

【おまいりをおえて】

たたりじゃーっはインパクトありますよね。公開後にテレビで観ました。濃茶の尼なんて名前、子供がちゃんと覚えるはずがありません。皆たたりのばばあと呼んでいた記憶が😅 その濃茶の尼の名前の元になったのがこちらの祠でした。

 

由緒看板を読まれた方はもうお分かりのように、横溝正史が金田一作品のキャラとして作り上げた濃茶の尼とはかなりイメージが違う実在した人物に関する祠でした。

 

岡田藩というのは、真備町岡田に陣屋があったとのこと。茶屋の婆さんは旅先で家老の奥方に親切にしてくれた人で、奥方が地元に戻ってから恩を忘れないように祠をたてたのが始まりなら、八つ墓村の登場人物とは全然違いますね😅

 

病気を治してくれた神様のご恩に(それとも茶屋の婆さんに?)感謝して祠をたてたことが、作品では無念の落ち武者を祀る八つ墓明神へと変わったのかな?🤔

 

たたり(の)ばばあの祠と思ったら、実は親切婆さんの祠だったとは予想外。濃茶のばあさんと呼ばれているなら、今回はお酒でなくお茶にしようとペットボトル持参でのおまいりでした。するとやはりというか、普通のではなく濃いお茶のペットボトルが供えられていましたね😁

 

西日本豪雨で、濃茶の祠と横溝正史疎開宅の間(疎開宅より)まで水の被害にあったそうです。今普通に目にする神社の多くは様々な苦難を乗り越えてその姿があります。多くの花に囲まれたこの祠も、これからもここに在り続けてほしいなと思います😌🙏

 

八つ墓村関係は大谷八幡神社以来のお詣りでした。

 

a-wi.hatenablog.com

濃茶の祠は、濃茶のばあさん本人なのか家老の奥方がお世話になったという神様がおられるのかはよくわからなくても、人が手を合わせ続けてきた場には何らかの力があり、日本人はずっとそうして生きてきたことを考えなければならないのではないかと思った綺麗ないい場所でした。

賀露神社(鳥取県鳥取市賀露町北1-21-8)

今回の鳥取神社巡りは気負わずのんびりと決めていたので、こちらの賀露神社が最後です。鳥取港沿いの小山(丘?)の上にある神社です。

 

目次

 

【御祭神】

大山祇命 吉備真備命 猿田彦命 木花咲耶姫命 武甕槌命

【御由緒】

下の写真は手水舎付近にある由緒看板です。

 

賀露神社 | かろじんじゃ |鳥取県鳥取市|ホーエンヤ祭|麒麟獅子舞|赤ちゃん泣き相撲大会|吉備真備|八朔少年相撲

上のリンク先は賀露神社公式内の御由緒に関するページです。

賀露神社|鳥取縣神社廳(公式ホームページ)

こちらは鳥取懸神社廳の賀露神社ページです。

 

【賀露神社への道】

国道9号を西から来た場合は、鳥取砂丘コナン空港の案内標識を過ぎて約2キロ東へ走った辺りに、左が賀露で直進が京都、豊岡の案内標識があります。ここを左折してしばらく走ったらどこか比較的大き目な交差点を右折してください。400メートルか500メートルあたりにある交差点でいいと思います🙂

 

次に100メートルくらい先の交差点を左折したら、あとはセンターラインのある道を700メートルくらい走ると、緩い登り坂で左へカーブします。途中に右への道があるので曲がります。そこに賀露神社→と書かれた白い看板があるはずです。

 

ここからはセンターラインの無い道ですが、車がすれ違える幅はあるので心配いりません。ここが今月から30キロ制限になった生活道路でしょう。

 

300メートルちょっとで神社に着きます。駐車場は生垣に沿って数十メートル進んだ先の右側にあります。写真で左下に小さく写っているのは、参拝者用駐車場と書かれた看板です。安心してとめられますね😆

神社への入り口は斜め前(15メートルほど東に)です。下の写真では駐車場出入り口は少し左奥になります。

 

国道9号を東から来た場合も同じ案内標識がありますから、右折して上で書いたように走った方がいいと思います。

 

海岸沿いの県道41号で来ると、そこから登る道が軽一台やっとといった道が普通にありましたし、わかりにくそうです。神社前を通り過ぎて港から離れるように大きく左にカーブした所で左折して登っていく道がよさそうです。しばらくはセンターラインの無い道ですけど、車がすれ違える幅はあるみたいです。途中からは片側一車線になって、頂点を過ぎて下り始めた所を左折すると、西からのルートと同じ神社へ向う道になります。

 

自動車の方はこちらには来ることはないかもしれませんが、本来の表参道は海沿いの鳥取県道41号からになります🙂

 

東から県道で来ると鳥取港(旧称賀露港)はこんな感じ。

下の写真は西から見たものです。

塀に隠れて東からだと気がつかないのですが、参道を示す石柱がたっています。

 

鳥取駅からバスがあるそうで、調べてみたら賀露神社前というバス停がありました。上の写真の左のがそうみたいですね。時刻表によると、だいたい2時間に1本くらいでした。電車で旅行する方もお詣りしやすい神社ですね😊 

【👩‍🦽車椅子使用の方のための情報】

駐車場から道を渡るとすぐに境内です。

中に進むと手水舎があり、そこから左にある随身門を抜けて、石畳の参道が拝殿へ真っすぐにのびています。参道と土地には低めの段差はありますが介助者がいれば特に問題にはならない気がします🙂 拝殿向拝下には10センチくらい? の段があります。中央が低いのでこれを越えることは介助者がいれば大丈夫に見えました。ここに乗ったら鈴を自分で鳴らせそうです。お賽銭はぎりぎり手が届かないと思います。

 

社殿向かって左にある境内社(船玉神社)は一段高くなって石段があるのでこちらは下からになるでしょう。道路側からそこまで行けたかまでは調べていません。本殿そばにあるもうひとつの境内社(水戸神社)は本殿と同じ土地にあるから大丈夫だと思います。境内社ですが独自の参道が何メートルか祠前に設けられています。地面との段差は10センチくらい? 乗り越えにくい時はその横でおまいりして何も問題ないでしょう。

 

境内は平らで固くしまった土地ですので、車椅子での移動は楽だと思います😊 ただし、松のそばは木の根がのびているので、迂回しながらになって進みにくいでしょうね。

 

 

 

【境内の様子】

賀露神社社頭(石段は軽く百段以上あったので苦にならない方はこちらから?)

一の鳥居

二の鳥居

随身門へ

随身門

随身門を抜けて社殿へ

拝殿前から見る随身門

拝殿

本殿

反対側

社殿全景

本殿横から前方を

境内社(水戸神社)

境内社(船玉神社)

裏(西の)参道鳥居

?

鉦和館

北前船関連展示舎

手水舎

絵馬掛け

忠魂碑

狛虎(狛犬は狛と犬に分けられないそうですが通称として狛+虎の呼び名で書きます)

#一部彫られたお名前はわからないようにボカシ処理をしてあります。お許しくださいm(__)m

 

【おまいりをおえて】

鳥居のある石段参道が海岸の道路から一本入った所にあって目立たないのと、海沿いに神社駐車場が見当たらないこともあってか、普通は境内横から手水舎随身門ルートになるはずです。手水舎横から石段参道を見おろすと、これは一度下りると上がる時がきつそうと誰も皆思うはず😱←ちょっと大げさ。それでも、下からお詣りしてみたいと思わせるのは随身門から先に広がる境内の素晴らしさのためかと。

#もっと広角で撮れたら。実際にお詣りされたら、貼った写真から思うよりも広い気がするはずです。

 

百数十段の石段は実際にきつかったです😅 でも社頭から拝殿へ向かうとお詣りに来たんだと心がすがすがしくなります。往復できる方にはおすすめします。

 

写真でもおわかりのように海辺らしい砂と松が美しい境内でした。ご神木だけでなく大きな松は樹齢が何百年らしいです。

 

メモをとったつもりがありませんでした。 でも、とても軽い感じだったような覚えがあります。本殿の横、水戸神社のある辺りの澄んだ軽さは別格でした。体調が良ければもっと長くいたいと思えたくらい気持ちいい所。

#あくまでもそのお詣りでの個人の主観です。何も保証できませんが神社境内(神域)の雰囲気は感じられるのではと思います。

 

お祭りが他にはないものだとのこと。その日でなくても、狛虎🐅や水戸神社御祭神の一柱である瀬織津彦(私は初めてお会いするお名前でした)の存在等興味深いものがある神社です😮

 

https://www.youtube.com/watch?v=_B_Io_ONEQI

上のリンクはダイドーグループ日本の祭りライブラリーというYouTubeのチャンネルの賀露神社ホーエンヤ祭り動画です。45分を超える動画ですが、祭りの様子だけでなく祭りに関わる人々の想いと人々の和である祭りとは何かを知ることができるので、観るべきです😤

 

こちらは日本海新聞のYouTubeのチャンネルで観られるもみ火神事の動画です。

https://www.youtube.com/watch?v=kv4vISwfEik

こちらは神事といっても畏まったものではなく、ちょっと楽しそう😄

 

土地と土地の(神社の)神様と住民との三つのムスビを定期的に補強しているのですね😌🙏

 

吉備国の民の私には、吉備真備公を祀っているのが驚きでした。吉備国内でも、どこの境内社にも真備公が祀られていることはなく、御祭神としてはわずかな数の社だと思います。真備公出身地の倉敷市真備町は瀬戸内海に近い町で、鳥取市は日本海に面した町。直線距離で100キロ以上離れています。その間は中国山地。御祭神のお社があると知っている山陽の人はどれくらいいるのだろう?🤔

 

各國一宮のように道路に大きな案内標識がないこともあって、グーグルマップで神社を調べるのが趣味な人でないと気がつかないことがあるかもしれません。もしそうならもったいない話です。

 

賀露神社は松の社叢が力強く美しい、地元の方々が諸事情で故郷を離れたとしても、鳥取で暮らした日々を懐かしむ時に必ず思い出すに違いないと思った綺麗ないい神社でした。

鳥取縣護國神社(鳥取県鳥取市浜坂1318-53)

鳥取県と名前にあるように、鳥取市に護国神社があります。市街から離れた静かな丘の上に英霊の方々を訪ねました。

 

目次

 

【御祭神】

国家公共につくした人の神霊23,478柱

#公式サイトに上のように書かれています。

【御由緒】

鳥取縣護國神社|鳥取縣神社廳(公式ホームページ)

こちらで御由緒がわかります。

 

#回廊内にある説明板はガラスのために周囲の映り込みが酷く、文字が読みにくいために写真は貼りません。

【鳥取縣護國神社への道】

国道53号と国道9号との秋里交差点から約1.2キロ国道9号を東へ走った所で鳥取県道265号へ左折します。そこからまた1.3キロくらいにある(トンネルを出た所の)子供の国交差点を左折して、ちょうど100メートル先をこれも左折したら、あとは道なりに200メートルくらいで鳥居前に着きます🙂

駐車場はそこからもう少し坂を登った右側から急坂で境内に入った所でした。

この日は鳥居から車で入って左へ曲がって駐車場に入り、帰る時は短い急坂をおりて横の道へ出ることができました。

写真の奥が急坂になっていて、下るとふたつ上の写真の右から出てきます。

 

ストリートビューを見ると、普段は鳥居から先へは車止めがあるようですね。多くの方が来られる日だから、鳥居側からも入れるようにしてあったのだと思います😌

【👨‍🦽車椅子使用の方のための情報】

神社駐車場からは数十段の石段で社殿へ向かうため、ここから真っすぐ行けません。ですが、ここまで走ってきた境内左に沿う道をそのまま進み、ゴルフ倶楽部の建物を回ると神社裏のもう少し先まで道がのびています。

下の写真は道から境内へ入って撮ったもので、AIで車を消してあります。

ここから本殿近くまで中に入ることは段差の点では何も難しくないでしょう。

回廊横から拝殿前へ行くことも大丈夫だと思います。

駐車場から車椅子で向かうと、本殿横までほぼ300メートルといったところです。その距離が大変な方は社務所に連絡して相談されてはと思います🙂

 

 

#上の地図だと県道からすぐ横の神社へ行けるように見えますが、ここはトンネルなので通り過ぎてから左折になります🙅

 

【境内の様子】

鳥取縣護國神社鳥居(ここから手水舎までにある碑等の写真はありません)

参道の注連柱

拝殿のある上の土地から手水舎の方を

拝殿

拝殿斜めから

拝殿裏から

本殿

神社裏の道から見る社殿

社務所

手水舎

陸軍少年飛行兵戦没者慰霊碑(兎の耳みたいなものはプロペラ)

社殿よりの碑

猪口艦長の碑は終戦の日の前に除幕式が行われたばかりでした。

狛犬

 

おまけ

トイレ横から(遮るものがここはないので)観る鳥取砂丘(ここから車ですぐです)

 

【おまいりをおえて】

護国神社のある丘、実は鳥取砂丘のすぐ南です。すぐ上の写真のように、トイレの横から北の砂丘が見えました。近いこともあってか、多くの碑がある場所はさらさらの砂地です。他の場所もよく見るとそういう土地だなと思えます。同じ鳥取市(国道9号で西に十数キロ)の白兎神社もそうでしたね😄

 

a-wi.hatenablog.com

土地そのものはさらりと乾いた感じの空気に包まれているのですけど、やはりある種の土地を覆うような感じもしたのです。御祭神とされてもほんの少し前までこの世にいた人間なので、この世と近いのだと思っています。

#あくまでもその日個人がそんな気がしたということです。お詣りされたらご自身でどんな感じかを確かめてみてください🙏

 

参詣者は正装で出席された方々と、私のように個人的に今日はこちらにと思って来られたのだろう私服の方々にはっきり分かれていました。ニュースになったので、猪口艦長の碑をこの目で見ようと思われたのかもしれません。

 

撮り方が悪く、拝殿前方左右の回廊がほぼ写っていません。向かって右側の回廊内には重機関銃や鉄帽がケース内にありましたが、これは撮る気になれず心のシャッターを切ってきましたので、写真はありません。御由緒等、神社の説明もこの回廊にありました。

 

市街地からこの地に遷座して半世紀あまり。英霊さん達は鳥取砂丘で楽しむ人々をどんな思いで眺めているのでしょうか? 水際作戦で死体の山となった浜と、正反対の砂丘と海の対比の残酷さ。未来のどこかで務めを終えられて、楽しく浜ですごす人生をもう一度味わえる時が来ることを祈ります😌🙏

 

鳥取縣護國神社は市街地から離れた爽やかな丘の上にあり、英霊さん達も穏やかな気持ちで過ごせていたらいいなと思いながらお詣りした綺麗ないい神社でした。

和多理神社(鳥取県八頭郡八頭町郡家殿500)

鳥取市の南にある八頭町に和多理神社はあります。名前はどこかで聞いたことがある方はおられるかも? ここは石破前総理の出身地で、お詣り後に総裁選出馬表明したことがニュースになりました。数年前に宇倍神社にお詣りした時にそばを通ったのですが、駐車場の問題(と草が生えていた時のためのマダニ対策が不充分)で見送りました。妹リストにあるために準備をしてあらためて向かいました。

 

目次

 

【御祭神】

佐留陀毘古神(鳥取懸神社廳の和多理神社ページの表記)

【御由緒】

和多理神社|鳥取縣神社廳(公式ホームページ)

 

鳥居そばにある説明板(由緒看板)

読みやすいように大きく

鳥居横にある別の社叢説明板

 

【和多理神社への道】

南からだと国道53号から国道482号へ進み、八東川に沿って走った後に国道29号へ左折して今度は川の反対側を戻るように進みます。橋を渡った所からちょうど2キロの所、右側に鬱蒼とした森が見えたらそこが和多理神社です。

社叢を通り過ぎた辺りに神社の方へのびている細い道があります。ここを右折して100メートル足らずで突き当たるT字路を右折したら、神社参道入り口の鳥居まではすぐです。

 

ここで問題が。和多理神社には駐車場がありません。上で書いた所に駐車場がありますが、ここにある建物の会社の駐車場でした😫

 

ここでルートを少し戻ります。細い道に入って突き当りの手前右側に神社社叢横に未舗装の土地があります。ここは軽自動車なら三台は楽に置ける広さです。ネットの紹介文を読むと、どうやらお詣りしようとこちらにやってきた方々はここへとめているもよう。下の写真はAIで車を消しているのですが少々不自然になってしまいました。

社叢から続いている土地なので神社の土地だろうと思えるのですけど、どなたかの私有地かどうかは見た目ではわかりにくいものです。

 

バイクを持っている方は天候に恵まれる季節に、バイクでのお詣りにするのもいいかと思います🙂

 

【👩‍🦽車椅子使用の方のための情報】

上のスペースは本殿斜め後方なのです。こちらからは少々進みにくいので、舗装路を進んで鳥居かその手前の塀の切れ目から境内に入るのがいいと思います。

鳥居前の様子(軽自動車でもギリギリな感じでした)

拝殿までの参道は平らで段差はありませんが、拝殿前には数段の石段があって高くなっています。鈴緒には手が届かないでしょうし、賽銭箱にそっと入れるのも難しいでしょう。境内社はどこも前に行けますからお詣りに問題は無いと思います。

 

問題は駐車場ですね。横の会社の方にお願いして端っこにとめさせてもらえたら、車椅子の方もお詣りできるでしょうか😔

 

遠くから来たとわかると一時的にとめさせてもらえることは多くの神社で覚えがあります。ですが、あくまでも、ご厚意とその時そうできる物理的なスペースの余裕の二点がそろわないとダメです。それ以前の問題として、そこに駐車許可をお願いできる人の姿があるかどうかが。

 

どうしても駐車できそうにないケースでの苦肉の策として、車椅子の方もそうでない方もお詣りは複数人で行い、お詣り中はドライバーはどこかへ走って時間をつぶすなら、駐車できなくてもお詣りは可能でしょう。

 

和多理神社にお詣りしたい思いが強い方は大勢でのお詣りも考えてみてください。

 

 

 

【境内の様子】

和多理神社遠景

和多理神社社頭

鳥居と参道途中の大銀杏

拝殿横から前方を

拝殿

本殿(覆い屋の中に春日造?の本殿があるのですね)

本殿横から大美玉神社を

社殿全景

境内社(殿神社?)

境内社(祖霊社?)

境内社(大美玉神社)

正面

横の壁にある由緒看板の御由緒部分(左側に英霊の方々のお名前他の情報も書いてありました)

社務所(だと思います)

社号標

 

#今回狛犬写真がありません。木製のために社殿内にある(あった)ようです。

 

【おまいりをおえて】

近づいてきたらすぐにわかる立派な社叢。八頭町指定天然記念物とのことで納得です。巨樹があることからわかるように、和多理山から遷座してから長くこの地に(一説によると1200年をこえる)ある由緒ある古社です。

 

夏は日が高くなると蚊がいたので、虫よけスプレーや薄い長袖の準備をしておくと落ち着いてお詣りできます🙂 

 

鳥居をくぐった途端に空気が一変するようなことはなかったのですが、灯籠を過ぎると急に鋭くなりました。また、本殿の近くでは細かい震えのような放射を感じました。

#あくまでもその時のお詣りでそうした感じがしたということであって、誰もがそう感じるかはわかりません。個人の感想の域を出ません。

 

こちらには地元の戦死者を祀る社がありました。横に氏子区域のどこの誰が亡くなったのかを書いた白い板が取り付けられていました。見ると、石破という名字の方が50名をこえる戦死者の中に何名もおられたのです😔

 

地元の方に会えずお話を伺うことはできなかったのですけど、おそらく……。

 

このブログは政治の事はとりあげないのが方針です。ただ、英霊さんのことは神社に祀られていることを理由に別にしています。石破総理(当時)が所感の形になっても訴えたかったことが、ここに来て少しだけ分かった気がします。英霊さんを新たに祀ることをなんとしても避けようとするのは、ごく普通の国民の想いと同じだと思います。

 

ここではその”普通の国民の想い”を社におられる皆さんに伝えました😌🙏 英霊の皆さんの名前を写した部分は載せません。できれば、お詣りして一人一人のお名前を読んで、器を持っている自分と器の無い方々との違いについて考えてみてください。

 

英霊さんへのご挨拶後に本殿裏の方にまわってみました。その辺りは杉の枯れ枝? が厚く積み重なってふかふかの絨毯のようでした。中途半端に掃除するくらいなら案外こうした方がいいのかなと思ったり。掃除されない神社ということではなく、参道は綺麗でした。

 

===========いつものあやしいはなし============

私に見えないはずのものを見る力が無いことはずっと書いてきましたから、以前から読みに来てくださる皆さんは御存じかと思います。それでもお姿を確認できるのは見せてくださったからです。

 

こちらではとても大きな龍神🐉様か巳様🐍のうねるお身体を確認することができました。神様なのかご眷属様なのかは私にはわかりません。古社には力のある存在がおられるのだなと頭を下げました。古い樹々が今まで生きてきたのは、土地と神社を次へ繋げた多くの人の想いとこうした存在のお力があってこそでしょう。

 

神社へのお詣りは我欲でパワー? を奪うためにするのではありません! 己の生の喜びで他の存在と共に(さらに)喜びを増やすためです。そして、それは神社境内(神域)の外でも同じなのですね。

=========あやしいはなしおわり=========

 

和多理神社は素晴らしい社叢を持つ、人が前を向いて歩く背中を強く押していただけると感じた綺麗ないい神社でした。