ほわほわ神社生活

ほわほわ神社生活

神社が暮らしの中にあるおっさんの日常です。主に岡山県広島県の神社巡りをしています。神社巡りの記録や神社のことで思うことを書いています。

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磐岩神社(岡山県浅口市金光町地頭下1047)

磐岩神社|岡山県神社検索|岡山県神社庁

磐岩神社の神座 地頭下磐座(浅口市金光町) - YouTube

 

なにやら磐座があるとのこと。山奥の神社よりは細い道も短くて心配するほどのことはないだろうけど、駐車場はないと目にしたからずっと前から見送り続けていたのでした。ところがネットで写真を見ていると少々変化が見られたのです。確かめるために行ってみないとなと思って、いわむら神社へポンコツ発進です。

 

#初めて辿り着いた方へ

このブログでは御由緒については県神社庁等のページへリンクして済ませています。興味のある方はそちらをというスタンスです。御利益については書いていません。神々やご眷属との交流を第一にしたい思いからです。神社で気持ちがすっきりして穏やかに明るく日々過ごせるようになったらそれこそが御利益との考えです。

 

 

目次

 

【御祭神】

 

 経津主神 保食神 葛城一言主神 素戔嗚命

経津主神以外の御祭神は岡山県神社誌より)

 

【磐岩神社への道】

山陽道鴨方インター出口の道路を1キロくらい南へ走ると大きな交差点があります。東西に走る県道60号を東(左折)へ300メートルくらいの所にある池を過ぎてさらに東へ進むとわずかに登坂になった所に左へ曲がれる道があるのでこれを北へ向かうと突き当りを左へ進むようになります。しばらく細い道を進んだ右側に鳥居があります。

 

この鳥居をくぐって石段右に広い未舗装の土地があります。ここにとめてお参りしてもよいと近所の方から聞きました。駐車できれば途中少しの間細い道があってもお詣りは格段に楽になります。

#駐車場になっている土地は、他の方が昔撮られた写真で見ると以前は背の高い草や細い木が生い茂っていたようでした。今は綺麗な平地になっていました。

 

【車椅子使用の方のための情報】

山陽道鴨方インター南方へ走ると岡山県道60号と交わります。東へ進むと左に高い土手のある池が見えます。この池の東側を左折して北へ200メートルほど進みます。半ばくらいに写真の消防の建物があります。

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民家の間の細い道が山際の別の池にぶつかります。

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池の土手の上の道が山へ続いています。これが自動車参道(として使われているらしい道)です。

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チェーン等は張られていませんので禁じられてはいないようですが駐車は上った端っこの方にした方がいいかもしれません。念のため、ご神職に電話で許可を求めておく方がいいかもしれません。

 

拝殿前まで車椅子で行けると思います。拝殿は一段高い基部に建てられていて、石段が数段ありますからその前でお参りの形になるでしょう。

 

 

 

【境内の様子】

磐岩神社由緒看板

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磐岩神社社頭

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石段

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拝殿

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本殿

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社殿と上の磐座へのルート?

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岩から生えた松

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磐座(祠は毘沙門様と呼ばれているみたいです)

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磐座の隙間

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磐座裏側(右の窪みが人の背丈くらいだったと思います)

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祠左にある隣の岩

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磐座右側の道

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木野山神社

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裏山からの眺め(神社近くまで海だったとは思えないです)

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【おまいりをおえて】

上の磐座へのルート案内は見当たらなかったので神様に許しをこうた後で本殿横から岩の間の泥の部分を歩いて登りました。急傾斜ですが距離は無いので体力に自信のない方でもすぐに上に行けると思います。

 

上にはいかにも磐座といった巨岩が複数並んでいました。祠に向って左側少し離れた平らな岩の下をくぐれるようになっている所がいいポイントらしい(例によってコンタクトした結果)のでそこにしゃがんで一息いれました。気のせいか体が軽くなったような気がしました(そのあたりで息の乱れが直る時間になったのかも)。

見えない存在にとっては何が大事な場所かこちらにはわかりません。疲れていても岩に腰掛けたりはしない方がいいです。

 

木野山神社前には土俵がありました。奉納相撲用でしょう。他の分社でもそうしたことが行われているところがあります。

 

鳥居をくぐってわりとすぐに変化するものを感じます。本殿横にはゆったりとした気が放射しているように感じました。

 

本殿横に立った時、赤とんぼが目の前に飛んできてとまりました。よく見ると付近に数匹いました。歓迎サインと思ってこれから目指す磐座への期待に胸高まりまくりなおっさんでした😁

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上の磐座まで上がると眺めがいいです😆 磐座がある神社というと体調に不安がある人にはお詣りが難しい山中だったり、酷道を延々走ることになってお詣りを躊躇したりすることが多いですがここは町中に近いのに磐座を体験しやすいです。古代の祭祀と現代の社殿のあるお祀りの両方を同時に体験できるいい神社でした。

 

おにぎり🍙天国2021

昨年まではおにぎり地獄でしたが言葉がよろしくないので今年からおにぎり天国になりました。三回は行かないといけないので今月中旬までかかりそうです。おにぎり🍙記事が続きましたが今回で終わりです。

 

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今年はおにぎり🍙をワンサイズずらしたため(例:大→中)何個食べても腹は余裕がありました。

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神社によってはカップ酒や一合瓶が拝殿階段辺りにお供えされていることがあります。気軽に持参できるのでお供えとしては一番多いでしょう。日本酒は食物の神が実らせてくれた瑞穂国のお米が形を変えて神へと戻されたものなのでとても大事な飲み物なのは間違いないです。でもいつもお酒(皆が持参するのは同じメジャーなカップ酒)ではさっき飲んだよとなることもあるのかも。

 

その点、おにぎり🍙を持参する人はあまりいないと思われます。おにぎりも炊き込みご飯を握ったり、中の具を工夫すれば、初めての味だと楽しんでいただけそうに思います。

 

本当の所を書くと、梅干し🍙ばかりだと私は飽きてしまうのです😅 で、他の人もやってみるうちに飽きてこないかと思いまして。

 

神様これは喜んでいただけるだろうかと考えて用意し、自分も楽しんで(後で)いただく。以前お供えは野掛けと書きましたがその実践です。

 

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#🍙他の食品は絶対に供えっぱなしにしないでください。動物にあらされて困っている神社があります。わざわざ神社に迷惑をかけては本末転倒。汚さないでいれば崇敬の念の現われとして黙認されるだけのことと思います。小さな神社の方々との交流が続けられるようにと願います。

 

聖靈神社(岡山県笠岡市西大戸780)

聖靈神社|岡山県神社検索|岡山県神社庁

蛟 - Wikipedia

名前(しょうれい神社)が気になり、またグーグルの口コミもないので実際に行ってみようと思いお詣りしました。集落そばにある地元の方の氏神様でした。

 

目次

【御祭神】

 

吉備津彦命

 

【聖靈神社への道】

岡山県道34号から西へ備南街道を進みます。坂道を何度も登ったり下ったりを繰り返し、右に池を見ながら坂を上るとこのような所に来ます。二枚目は反対方向からです。

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ここで左に曲がる道があるので進むとすぐに右側に小さな池があって鳥居が見えます。

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未舗装駐車場があるのでそこへ車をとめました。

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【車椅子使用の方のための情報】

駐車場入り口の次に坂が社殿へ延びています。かなりの坂になっていますので難しいかもしれません。上からの写真です。

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上がるとこのようになっていて車椅子で拝殿前に行けそうでした。

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でも無理せず駐車場か鳥居辺りからお参りした方がいいかもしれません。

 

 

 

【境内の様子】

聖靈神社社頭

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聖靈神社随身

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聖靈神社拝殿

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聖靈神社拝殿彫刻(吉備津彦命に退治された水虬?)

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聖靈神社本殿

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境内社

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【おまいりをおえて】

どんぐりのなる木がたくさんあり、境内には落ち葉が多かったです。ですが、拝殿前には掃き跡が残っていて、放置されている神社ではないとわかります。山の神社ではこの時期はいくら掃除してもしてもキリがないです。神社の一角だけでなく山自体がそんな場所でした。たぶん、落ちきった年末に掃除されて綺麗になるのだと思います。

 

こじんまりとした神社でしたが、随身門もあって古くから崇敬されてきたようでした。鳥居をくぐると次第に気が変化してくる神社です(参拝時はそう感じました)。

 

本殿横では他の神社のようにふきだしてくるような感じはなく、ふわふわした気がただよっているように感じられました。

 

この日は拝殿の中は真っ暗でした。普段は雨戸? を閉めているのでしょうか。他の人の撮られた写真を見ると窓がたくさんあって明るいです。

 

落ち葉の無い夏に来ると明るく静かな神社なのではないかと思います。道中は広い道で楽にお詣りできるいい神社でした。

神棚生活再開😂

朝起きてさっそく半紙を取り除いて榊立を置き、朔日なので酒を用意し、水や塩等も供えて通常に戻しました。すぐに神棚を元に戻したことをお神札の神々に報告し、あらためてよろしくお願いしますと挨拶をしました。

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その後、神棚のある部屋と隣の部屋を行ったり来たりしたのです。やはり昨日までとは空気感? は違っています。

 

神棚周辺だけが何と言えばいいのか、飛び出している(物理的には二尺くらいは壁から出っ張っていますが)ような清涼感のようなものを感じます。

#本人の中でですが部屋が明るく思えるのです。

 

ちゃんとお祀りしている神棚が家にない方には理解しかねると思いますが、神棚のあるお宅の方はあの感じかなと思ってもらえるかと。

 

先月下旬頃にはもうホームセンターには注連縄や正月飾り、ミニ鏡餅等が並んでいました。今下げている注連縄にはどうしてもカビが生えていると思います。また、神棚板には埃やこぼれた塩等もあるでしょう。これらを交換、清掃後は毎年気持ちがすっきりします。

 

今の日本人の部屋には軽金属製のスマホやパソコン等の現代最先端の機器がほぼ必ずあると思います。そんなものと同時に、紙や木でできた科学とは対極にある不思議な装置とも過ごせるのは面白い事だと私は思います。

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夕食は久しぶりに神棚にお供えしたいなり寿司や酒をいただきました。神棚にあげただけだから科学的には何も変わらないのかもしれません。でも食事は気分です。とても美味しく感じました😊

 

朝の忙しさもあって神棚に向ける気持ちもやや適当になっていたのがこの一か月でよくわかりました。今回のことで気持ちを一新して神棚とのおつきあいをまた楽しんでいけそうです。

 

とうとう師走です。一か月はあっという間です。神棚は江戸時代から日本人と共にあったものです。一度くらいは神棚生活をしてみるのはよいことではないかと思います。始めるには年末はちょうどいい時期です😙

 

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磐裂神社(岡山県井原市美星町東水砂818)

磐裂神社|岡山県神社検索|岡山県神社庁

カグツチ - Wikipedia

血から生まれた神々の一覧があります。

 

一昨年、宇和島の大雷神社に行った時は闇御津羽神にご挨拶することが目的で頭の中はそれで一杯でした。だから他の御祭神についてはほとんど何も考えていなかったのです。時間が経つにつれて、他の御祭神(となっていた神々)にちゃんとお詣りしたいと思うようになっていきました。が、大雷神社は遠いし、御祭神は迦具土神が切り殺された時に血から生まれた神々です。古事記では名前だけの登場のためか、御祭神としては決してメジャーとはいえない神々です。

 

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今回もろに神名がついた神社が数か所見つかったのでそのうち一社へお詣りしました。

 

 

目次

 

【御祭神】

 

磐裂神 根裂神 経津主神

日本書紀の記述からのようです)

【磐裂神社への道】

国道486号を井原線小田駅横の小田東町交差点で曲がり県道48号を北上します。一度坂を上がって下りきった所で右に曲がり、そのまま道なりに山道を3キロくらい上がっていきます。県道408号が右から合流したら1キロほどで成羽、下田と書かれた青の案内標識があるのでそこを曲がります。Uターンするような道が山の中へ向かって延びています。東からだと矢掛町商店街西外れから県道408号を進むと途中で県道48号につながるので右折すればそこからは1キロ少々で神社へ向かう道への分岐に至ります。県道48号は片側一車線の広い道で不安なく走れるでしょう。

 

県道48号からはすれ違いが難しい道を150メートルくらいで磐裂神社社頭に到着です。車はそこからちょっと進んだ所に左に曲がる細い道(自動車参道)があります。これは通り過ぎた所からふりかえった写真です。

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神社そばに駐車場らしき場所がありました。

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この奥まで進むと境内に入れるようになっていました。

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【車椅子使用の方のための情報】

自動車参道途中の駐車場からは緩い坂になっています。そうきつくはないので上り下りとも押してもらえば大丈夫なように思えましたが私の判断では正確ではないでしょうから上の写真を参考にしてください。車椅子使用の方はそのまま境内まで入らせてもらうのが一番楽でしょうからご神職に連絡してとめさせてもらうのがいいと思います。

 

【境内の様子】

磐裂神社由緒看板

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磐裂神社社頭

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磐裂神社鳥居

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磐裂神社拝殿

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磐裂神社本殿

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社殿前から入口を

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境内社(名前はわかりません)

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【おまいりをおえて】

本殿以外の人間が利用する建物については新しく建て直されて現代的なものになっています。由緒看板は令和のものです。直すところは直して大事に維持されているように感じました。

 

日頃から掃除がされているようでゴミは一か所に集めるようになっていました。落ち葉も少な目でした。

 

社頭注連柱を通ってすぐにはよく感じられなかった気はさすがに鳥居の向こうではすっと変化します。非常に柔らかな気で鋭い感じはなかったです(その日の個人の主観です)。

 

本殿横で感じた気は絶え間なく打ち寄せてくるように思いました。これを書いているのは木曜のことを思い出して書いているので別の神社で感じたことと間違えている可能性があります😅

 

とても静かで落ち着ける神社です。写真から澄んだ感じが伝わればよいのですが……。この神社はご眷属の数は多いと聞きました。そのためなのか気持ちよく境内で過ごせます。私個人にとっては大雷神社でご挨拶できなかった神々にお参りできたのでよけいに気分がよくなったと思います😆

 

直前まで道の心配をすることがなく安心してじっくりお参りできるいい神社でした。

霧見神社(岡山県笠岡市相生1068)

霧見神社|岡山県神社検索|岡山県神社庁

 

いつになったら神社にお詣りしていいのだろうかと妹に聞いたらもうOKっぽい? だったら行くしかない! で先日からお詣り再開してます。

 

またまたグーグルマップで名前を見ていくと気になる神社発見。そして見送り。またまた聞いたことがない神社を発見。そうしたらですね、場所も全然違うし名前も違う神社だったのに御祭神はどちらも伊邪那岐神だったのです。女神様の神社行きたいな♪ と思っていたのに連続で同じ男神様でした。偶然が重なったこんな時はあえて逆らわない方がいいので今回は伊邪那岐伊邪那美の神を祀るこちらの神社にお詣りしたのでした。

 

伊邪那美神は女神じゃないのか? と思われたかと😅 片方の神社は伊邪那岐神だけ書かれていたのです。だから今回は伊邪那岐神にとなったのです。

 

目次

 

【御祭神】

 

伊邪那岐神 伊邪那美神

 

【霧見神社への道】

岡山県道34号を山陽道笠岡インターから南へ向かって坂を上がって下りきった所にある下追分交差点を右折して備南街道を走ります。笠岡市街からだと右に池があったらその先が下追分交差点です。そこで左折します。坂を上がってトンネルを抜けると下りだした辺りにこんな場所があります。黄矢印は神社への細い道です。

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ここを左折したら車を止められる場所があったので今回こちらに。片側一車線の道を横断して向かいにある細い斜めの道を徒歩で進みます。分岐からは50~60メートルくらいで社頭に着きます。

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社頭から交差点(赤印)を見る。

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【車椅子使用の方のための情報】

ここは山の斜面にある神社で自動車参道はありません。石段しかないので注連柱を過ぎて鳥居をくぐった辺りまでが限界でしょう。鳥居の向こうの段差は10センチくらいだったかと思います。ひとりでは乗り越えるのは難しいように思えました。乗り越えたら備前焼狛犬や岩の近くまでは行けます。しかし、駐車場の問題もあります。車椅子では難しいでしょう。

 

 

 

【境内の様子】

霧見神社社頭

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霧見神社巨岩

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拝殿

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本殿

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霧見神社遠景

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境内社(個人のお名前はわからないように処理済み)

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【おまいりをおえて】

一気に冬になった23日でした。服は着こんだものの、まだ体が冬仕様になっていないためか寒い寒いの思いが心のかなりの部分を占めていて肝心なことがどうにもこうにも😖

 

鳥居(注連柱)の内外での違いもわかりにくかったです。風がふきやんだ隙をついて出入りしてみたら、外の方が暖かくて内は寒いような感じにその日は思えました。風がない穏やかな日だとこれが、外は空気がやや重くて抵抗感、内は澄んだ軽い気と感じるのかなと思います。

 

本殿からは長くふきだしてくる気を感じました。

 

山の斜面は岩ですが崩れないようにモルタルで塗り固めた斜面? と思うくらいなだらかで大きいのです。そばで気を感じてみたかったのですがどこまで接近が許されるのか不明なためやめました。

 

岩の上の方の山を平らにして境内となっています。そういうわけであまり広くはないです。また、玉垣がないので落下事故に気をつけないといけません。眩暈でも起こしたらおしまいです。そこだけ注意しないといけない神社です。

 

その代わりと言ってはなんですが、紅葉の赤や常緑樹の緑、岩が一望できる少し離れた場所から見るのがよい神社だと思います。

 

岡山県神社庁ページを読むとお分かりのようにここは多賀大社から勧請した分社になるようです。春日、日吉等は多いですが多賀の名を見ることはこの辺りではないです。明治の神仏分離令から神社の名前は(何度か)変わっていることがそこそこあります。分かりやすくなったり御祭神を想像しにくくなったり。そのへんも神社巡りの楽しみのひとつですね😄

 

街から近い(狭い山道を長く走った先でなく)所にある巨岩がいい神社でした。

 

勤労感謝の日? いいえ、新嘗祭です。

かつて新米はこの日まで食べられなかった!? だいぶ深い「勤労感謝」の話|小野照崎神社|note

Google検索で”勤労感謝の日 新嘗祭”で一番上に出た神社様の記事↑

 

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昔の日本人だとやっとここから新米🍚を食べられる日です😊 私は食が細いのですがこの日は頑張ってご飯をモリモリ食べます。ご飯の友の明太子(表面を香ばしく焼いて中身はレア)にイカの塩辛に海苔の佃煮とその他諸々で喉につまらせながら胃に送りこんだら、湯のみの底が見えないくらい濃いほうじ茶🍵をぐうっとやるのです😁 日本の秋って感じですね、うへへ。

って上のように書こうと思っていたんです、今月上旬までは。そうしたらですね、ある日の夕食で炊きたてのご飯を食べながら家族がこう言ったんです。「味が違うなあ? やっぱり新米は美味しいね」と……。

 

 

 

ぶっとb!🤯 

 

 

 

上の文字くらい真っ赤な貧乏人でも楽しめる娯楽? イベント? なのに酷すぎる😥 毎年、新米はおにぎり🍙にして神様ご眷属様にお供えしてから人間は解禁なのにどうするの? まあ、お米袋は複数あるので未開封を精米して🍙にして持参で問題ないようですので一安心。

 

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”過去記事を 貼るとお手軽 記事書ける”

貴布祢神社の記事はおにぎり好きなお狐様のことも書いています。

 

私はまだ神棚は再開できないため、今年は今月中は神棚はなしです。来月にお神札受けの旅が待っているからその時に本年度おにぎり地獄を行いたいと思います😉

 

新米まだの人は今日以降おにぎり🍙お供えしてください。添加物がほとんどない自然の味がするお供えです。このブログではあやしい話もいろいろ書いてきました。信じろとはいいませんから一回騙されて、ご眷属様の分をどうか別に用意してあげてください。ご眷属様は人間が自分達のためにお供えをしてくれるとは思っていないのです。それは、ご眷属様によっては誰も自分達に今までそうした者がいないからなのです。由緒看板に御祭神のお名前はあれど、ご眷属のお名前はほとんどないのです。でも名前がわからないはいないとイコールではありません。あまりにも悲しいことだと思います。

 

我々はゾンビではないはず。生きて心と心の交流ができるのが神社の良さです。神社を汚さないように敷物等充分に注意してお供え後、お参りが済みしだい持ち帰って(神社によっては境内に飲食スペースがあるのでそこで)いただいて、日本人である今生は日本人の喜びを味わって一日くらい瑞穂国と呼ばれたことを感謝と共に思い出すのはどうでしょうか? 

 

いいか? 目に見えない存在とのおつきあいは心だ!😤

 

赤文字で    ぶっとb  と書いたおっさんからのお願いでした😁

 

#表現がよろしくないので赤字をちょっと変更しましたm(__)m

ささやかなことでいいから大人が手本になろう

今日は久しぶりにお詣りできました。٩(ˊᗜˋ*)و

鳥居を一歩くぐった時のあの軽やかな気に包まれる喜び。我良しの想いの無い方々だけの地はこの次元の人間がずっと先へ進んだ時にはこうなるのかもと期待させるものがあります。逆に言えば、この世界は暗いのだなと言えますが。まあこんな話は今はいいですね。

 

すぐに帰るのが嫌で落ち葉の積もった石段だけ綺麗にしたくなりました。ご神職はおられないので(ネットで調べて電話することは可能でしょうがいらぬ気を使わせるのが嫌で)ゲリラ清掃しました。有難迷惑であればごめんなさいm(__)m

 

始めてすぐに親子三代でお参りに来られました。誤解を防ぐため自分もお参りした者で関係者ではないと伝えました。まだ小さなお子さんは自分からこんにちはと挨拶してきました。こちらから挨拶してもギロギロ人の顔を見るだけで無言の子供が多い中でとても嬉しい出来事でした。掃除しているのが気になるようで質問してきたので、綺麗にしないといけないからねと答えました。お祖母さんとお母さんも子供に掃除していることを一言説明していました。

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”他者を警戒して敵視する誤った我良し教育”を受けている世代なのにそうでないこの子がどれだけ癒しを与えてくれたかわかりますか? そして私もお返しに神社と日本人のあり方の一端を見せることができてほっとしました。その後は人が紅葉狩りでやたらと多かったので急いで掃いて撤収しました。

 

この世にあって大人から子供へ、そしてあの世へ還ってまたこの世へという流れの中で私とあの家族はきっともう会うことはないでしょう。それだからこそほんの一瞬の出会いと別れの大切さが貴重なのです。あの子の心にどうか掃除していたおっさんの姿が残ってくれますようにと祈りました。

 

どうか皆さんひとりひとりが今していることで子供に胸をはれる日本人になってください。きっと神々もそれを望まれている……私はそう思います。今回のことは願いを叶えてくれたのだと勝手に思って楽しんでいます。自己満足を否定したら何も動けないですから。

 

えーと、ゲリラ清掃は結果的に良かったです。でも今後は好きな神社では自由に清掃していい特権を得るよう努力します😅 

神々のシステム管理者権限と決まり事

記紀神話の神々は高次元人故に神なのです。全知全能ではないのは神々自身は自分達を人と認識しているからです。もちろん自己認識がどうであれ、なかつくにの者にとっては神以外の何者でもないのですが。

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神々は各々お仕事に励まれています。世界(より低次元)の仕組みの管理者でもあります。3次元人からなにかお願いをされるとシステム上問題ない場合は上手く調整することもあるのがお仕事のひとつでもあります。

 

その管理者権限がどれくらいかは3次元人に知る術はありません。管理者なので限界はあるようですが。

 

また3次元人と接するにあたり、いくらかの決まり事があるようです。例えば未来のことは教えないとかは知られています。この次元は過去から未来への時間がある(ことになっている)世界なのでそれに反することは避けているらしいです。あくまで取り決めだから例外もあるようですがそのあたりはわかりませんね。

 

今回何を言いたいのかと言うと、システムが全くわからず関われない3次元人にできることは限られているということです。お任せするしかないことが多いということ。

 

この中でどうするかは各自の自由。願わくば我々がエラーを起こすバグとなりませんように。

#他者の存在を誤って認識し続ける以上、バグ決定。

 

#没ネタの山を築いて書けたのがこれくらいというのがなんだかな。次の連休にはお詣りできるようになるから待ち遠しいです。

守護霊についてえらそうに言っている人の実態

昨晩、私にとってはとても嬉しいことがありました。そして同時に反省するべきことでもありました。今日はそれについて書いていこうと思います。

 

目次

 

【蚊帳の外のメンバー】

7名のメンバーだと前回の記事で書きました。狭義の守護霊である妹のことはいろいろ書いてきましたので、他のメンバーとも同様だと思われたのではと思います。が、実際にはそうではなく、一人ほとんどコンタクトしないメンバーがいたのです。

他のメンバーはなぜ私についていてくれるのか予想することができました。彼はそうしたメンバー達のグループ分けに入らない存在でした。メンバーは魂の近さ(この世的な見方では血縁者)と私の人生における距離の近さ(この世的な見方は地縁)で大きく二分されます。

どちらでもない彼は本当はメンバーではなく、私が受取ミスをしたのだと思っていました。妹をはじめとする他のメンバー、そして本人に訊いてなおその疑いは消えませんでした。

 

ふだん土曜日の夜にメンバー個別に話をします。その時もただ挨拶と一言二言で終わりにしていました。

 

そうして二年が過ぎていました。

 

【メンバーである意味】

昨夜、全てのメンバーとの話を終えて一息いれていた時、ふいにそれは訪れました。密接なつながりに突然気づいたのです。その瞬間、全ての疑問は消え去りました。彼は地縁でのメンバーだったのです。この世的に言えば、お向かいさんでした。それが私と彼とがチームである理由でした。

 

なにそれって思って笑うしかなかったです。だって気づくための出来事は二年前から頻繁に目にしていたことだったからです。すぐに彼とコンタクトしてやっとわかったと伝えました。いつ気がつくかなと思ってた? と訊くと、思っていたと答えてくれました。ごめんなさいと苦笑いしながら謝りました。彼も笑っているようでした。(そう思えました)。

二年が過ぎてやっと私達チームは完全に一体となることができました。

 

【心の壁がもたらしたもの】

どうしてこうなったのでしょうか。それは私が付箋紙を最初にぺたりと貼ってしまったからなのです。一瞥体験とその後の瞑想等の行為により、人間が事実を事実のままにできず、必ず余計な付属物で事実を埋め尽くすと理解し、そうした行為を最初からしないように脳の回路は再構成されたことは以前書きました。

 

途中で別の方向へと歩むことになったため、完全にはなっていなかったのでしょう。この次元での日常生活では完全に思えたそれは、別次元を考える時には不十分だったのです。その結果、自らの守護霊(広義での)に対する視線が歪み、付箋紙を貼ってしまったのです。その後は間違いを元にして間違いを再生産していきました。

 

少し時間が経った頃には目の前に高い壁がひとつできてしまっていたようです。

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あちらからの働きかけは弱いものです。直接的なものではなく、間接的に気づき(のヒント)を与えてきます。心の壁一つでそれは弱められてしまうのです。

 

守護霊チームは内閣で例えれば総理であるメイン守護霊と各省の大臣であるサブ守護霊とで構成されます。誰かひとりでも密接な繋がりが弱くなればそのメンバーが担当している分野のサポートも弱くなってしまいます。例えば、お金についての決断でサポートなく難しい決断をするといったことがあるかもしれません。

 

#経済担当、健康担当等いろいろとあるようです。私は誰が何の担当かは訊ねません。良くない状態にある分野の担当メンバーに文句を言うことがないようにそうしています。

 

神々などいないと壁を作るのはある意味問題ありません。でも守護霊だと直接人生に影響します。神仏を否定しようが人生終わりまでついていてくれますから。今回は私の意識ひとつが足をひっぱってしまったわけです。

 

【おしまいに】

人間に見えていることなど極々一部なのだなと思いしらされた出来事でした。見えない世界、次元のことはいうまでもありません。

 

先日からバースデイナンバーとか言われるもの(エンジェルナンバーのひとつ)を目にする頻度が急激に増していました。艦これというゲームをしていて勝利すると編成した艦娘各艦に経験値が入るのですがこれが私の誕生日の数字が画面にずらっと並んだりするのです。今までとは次元の違う強引なメッセージ。

 

このナンバーを見る時の意味は幾つかあるようですがどれかを確かめるために妹に質問。答えは霊的な成長というものでした。そこでまたまたコンプレックスでもある見えないことについて何かあるのかもと思っていたのでしたが、正解は私の誤りが正されてチーム全体としての新たな一歩ということだったみたいです。

 

誰にでも答えは与えられているのでしょう。気づくかどうかは別として。

 

今まで書いてきましたが自身の体験から改めて思ったのでした。

 

目に見えない存在に壁を作るなと今までえらそうに書いてきましたが……自分がやっていましたという実に恥ずかしい話でした。