ほわほわ神社生活

ほわほわ神社生活

神社が暮らしの中にあるおっさんのちょっとだけ変わった日常です。主に岡山県広島県の神社巡りをしています。神社巡りの記録や神社のことで思うことを書いています。

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そうですとか、ようですとか

私は各記事の中であいまいな書き方をします。今回は私がなぜ断言することがあまりないのかちょっと書いてみます。

 

プロであれアマチュアであれ、この世のこと全てを知っている人は誰一人いません。これに反論できる人はいないはずです。五感でとらえられる世界でさえこうなのです。別次元のことを誰が全てわかるのでしょう? 

私はこの次元にいる人間ですから当然全てを知っているわけではありません。別次元で知っているのは極狭い範囲のことだけです。

 

あちらの世界(次元)にはあちらの規則があるのは理解できると思います。聴く限りではそれはあくまでも原則とのこと。自分達で決めたことだから自分達で変更も可能なのは自然だと思います。

 

しかし、頻繁にそうしてはこちらとあちらの世界の関係はめちゃくちゃになってしまうでしょう。それゆえの例外。あくまでも例外。

 

例外に遭遇しなかった人はそうしたことはないと思うから、そんなことはないとかそれはこうだと断言できるのでしょう。たしかにその人の中には存在しないのですから。

 

私は自身が経験したことがないからそんなことはありませんとは断言できないと思うのでそうせず、”そうです”とか”ようです”とか書いています。

 

例外についてひとつ書くと、私自身に関する”あること”は80億分の40で起こっていることです。残り全てのこの世の人は当てはまりませんから、それは規則にのっとったものではない=例外と言えるでしょう。同様に、私が多数に属して他の極少数の人が例外に属することもあるでしょう。それがどれほどかは神仏のみぞ知るです。

 

不思議なことは何でも書けるのではないのです。上記の私に関する例外も知っているのは私のみです。今後も誰も知らないまま、数十年と経たずに無くなることになります。

 

極狭い範囲のことしか知らない(たずねていない)私でもこうです。今後もほぼ断言しないと思います。ですが、書いている以上は無根拠で書いているのではないとだけ書いて終わりにします。

 

証拠を示すことは制限されていますので、読まれた方は変な読み物くらいに思って楽しんでください。

 

今日も御飯が食べられて布団で眠れることをありがたいと思い、こちらからは見えないけれど見守ってくれる守護霊や神仏に感謝して静かに満ちてくるものを感じつつ今日を終われることは大事なこと。そこだけうんうんと頷いてくれたら私は満足です🙂

 

追記

 

妹はこの記事公開をやや渋りました。守護霊だからいろいろかぶってねとお願い(無理強い)したら苦笑いしつつOKくれたみたいでした😅 大変な役を引き受けちゃったね、戻ったら謝るからとこちらも笑う😁 いい妹を持って本当に幸せです。

 

皆さんにもいますからこの二人三脚な人生の喜怒哀楽を一緒に味わってください。

 

追記2

プロの方が依頼者に余計な不安を抱かせないように自信を持って話されるのとはまた違う話です。

狼🐺の神使(眷属)

ご眷属記事を月に一つ書くと年始に決めたので第一回は狼🐺の神使(ご眷属様)の話。

狼というと、秩父三峯神社が有名です。西日本では岡山県高梁市にある木野山神社が狼信仰の神社になります。私は三峯神社にはお詣りしたことがありません。これは西日本のある狼様にきいたお話です。

#信じる信じないは読んだ方にお任せします。

a-wi.hatenablog.com

狼は稲荷と違って神社数が大幅に少ないため、神社の眷属として働いている数はそれほど多くないそうです。元々少ないうえに分社に一体から数体がつくため、大本の神社に残る数は数十とか。逆に言えば、多くの分社がない時代はたくさんの狼がいたということになります。

 

分社が無くなったり、誰も維持せず荒れるに任せていると神社を離れるのかたずねると、元に戻るだけで脱走? して自由になるものはいないようです。稲荷とは違う狼の神使界? がちゃんと組織されていてその中にいるみたいですね。

 

山犬と狼の区別はかつて日本の山に住んでいた動物も霊的存在もよく区別できないのですが、そうした姿の霊で新たに神社の眷属となる存在もいます。この世では滅びたニホンオオカミも神使(ご眷属)としては今も健在です。

 

神社の眷属見習い段階では実際の狼くらいのかわいらしい姿が、修行を重ねて成長すると、もののけ姫に出てくる狼くらいになるのだとか。そのくらい大狼だとベテラン眷属として相応の力を持っているのだそうです。

 

得手不得手はときくと、一応はなんでもできるそうなのですが、商売繁盛とかは皆稲荷にお願いするから(わざわざお願いする者が少ないので)得意なわけではないようで。邪な霊的存在を追い払うのは重要な役目とのことでした。

 

熱心にお願いする者はその神社に顕著な御神徳を求めてやってくるから、自然にそうした問題の経験が多くなる結果、より力を発揮しやすいという結論でした。

 

どの神社で何をお願いしても叶えてくださる時は叶えてくださいます。ですが、餅は餅屋という言葉もあります。実働部隊としてのご眷属様がより力を発揮しやすい神社を選ぶことも大事でしょう。

 

鳥居をくぐる時は参道で狼様が見ていたり、一緒に歩いているのかもと思ってほわほわしつつ、背筋を伸ばして礼をもって歩いてください🙂

養兎神社( 広島県福山市神辺町湯野1848)

妹に教えてもらった神社とは別に、やっぱり自分で(楽しみとして)地図から探すこともあります。今回は備中備後をずっと調べていて変わった名前を発見。卯年だから兎の神社はいいなと思って由緒看板(写真)を見たら、そうした明るいイメージとはちょっと違っていました。

 

目次

 

【御祭神】

大穴牟遅神大国主命

【養兎神社への道】

国道486号湯野交差点から広島県道390号を北へ向かいます。600メートルほどで左に曲がる道があります。お堂があるのでわかります。そのまま道なりに100メートルほど進んで突き当りを左へ進みます。そこからは100メートルもいかないうちにT字路左にあります。

 

井原線湯野駅で降りて西へ500メートルの湯野交差点からは上のように行けます。

【養兎神社】日本の養兎産業を支えたウサギ達に合掌と感謝 | 星見るウサギの社

上のページでJRを利用した時の経路を詳しく紹介されているのでリンクを貼らせていただきます。

 

帰り道は右に曲がって山を越えるか、転回して戻ってください。神社前を下ると軽自動車以外は困る細さに変わります。下るまではそこそこ広いんですけどね。

【車椅子使用の方のための情報】

祠周辺は舗装路からそのままつながる未舗装の地ですからお参りは可能です。転落にだけ気をつけてください。

 

 

【境内の様子】

養兎神社全景

養兎神社(祠)人参と酒は私が置いたものです。

扁額

由緒看板(このブログは故人の場合はお名前をそのままにすることが多いです)

碑1(神社から5年後に有志によって建てられたものです)

碑2

 

【おまいりをおえて】

得能正通 - Wikipedia

兎の鎮魂の神社がないと自らの土地にこの社を作られたとか。大きな神社は元々は鎮めるために祀られたものでも、今では華やかかつすがすがしくてそうとわからないです。でも小さな社(祠)はそのままの雰囲気を保っているのでしょう。当時と放射する気は違っているかもしれませんが。

 

今は真冬で少し暗く寂しい感じです。華やかな気の放射とは違っていました。小さな祠ですから周囲の気の影響を(感じる人の側が)受けてしまったようです。古い桜やモミジの木がありましたから、春の桜や赤いモミジの頃に来るべきなのでしょうか。

 

ここに兎の霊が多数いるというのではないようです。”ここで”ではなく、”ここから”祈りを届ける場所なのでしょう。この神社が役割を終えるのはまだ先の話ですね。

 

大国主命が御祭神なのは因幡の白兎との関係からだそうです。他に、大国主命は目に見えない世界を司ると言われることから、兎の御魂にとって他の神々よりも関係があると(もしかしたら)思われたのかもしれません。

 

パワースポットやご利益が今の神社への興味のかなりの部分を占めるのは仕方ないと思います。それに対して、鎮めるというのは自分がもらうのとは違います。神社のそうした姿はもっと知られるべきだと思います。

 

正直、興味半分でお詣りした面は否定しません。ですが、社を前にするとそうした気分が消えていくのを感じていました。

 

神社巡り記事では最後は”いい神社でした”で終えています。今回はいろいろ思うところがあってそう書かずに記事を終えることにします。

人の想いが集まれば

以前私もお詣りした広島県三原市賀羅加波神社で屋根修理のクラファンが当初目標額に達したそうです。

 

a-wi.hatenablog.com

readyfor.jp

上に貼ったクラファンのページで驚いたのは数十年前の神社の荒れっぷり😲 廃材置き場と化している。で、ここからが大事なことです。その神社も人の想いが集まればあるべき姿へと戻ることができたということ。

私が昨年お詣りした時にはこんな過去があるとは信じられない神社でした。茅の輪の準備をされていた方々は総代さん達だとばかり思っていました。あの方々もボランティアだったのでしょう😮

 

屋根も新しくなり、大勢の人の想いも集まって、ますますよい気に満ちた場になるような気がします。

 

修理中の神社社殿はめったにお目にかかれません。まだ当分の間屋根修理は続くので私も再訪してちょっとお賽銭を奮発しようかなと思っています😅 

多賀神社(岡山県浅口市鴨方町小坂西367)

このブログの神社巡り記事では祠へのお詣りはあまりありません。今回はやや大きめのそれにお詣りしました。多賀大社からの勧請だろうとは思うのですが、神社名は地名からも多いのでどちらなのか。岡山県神社庁にはページがなく、現地にも由緒看板がないために詳細不明です。ただし、多賀大社との繋がりを示すものは複数あることから、未確認ながら多賀大社の分社と思ってお詣りしました🙂

 

目次

 

 

【御祭神】

不明

多賀大社からなら伊邪那岐伊邪那美の神でしょう。社号標にある延命長寿は多賀大社と同じ。また三つ巴の神紋は多賀大社のものです)

【多賀神社への道】

岡山県道168号の下(山の斜面)にあります。西から尾坂池(ソーラーパネルが水上に並んでいます)の横を通り過ぎて坂を越えます。平らな直線が見えたらすぐに右へ離れていく道を下ります。

分岐から150メートルくらいで左にあります。道沿いで駐車場はありませんがそばの池の土手との境に普通車でもとめられるスペースがありました。県道沿いに広い場所は他にもありますからとめて歩いても数百メートルです。お詣りを諦めねばならない神社ではありません。

 

東からだと山陽道鴨方インターから西へ向かってすぐの信号を右折して次の信号を左折します。高架の下をくぐったらコンビニを過ぎて右折して山を登っていきます。いったん水平になった直線の終わりで左へUターンして下りたら多賀神社です。住宅の間を抜けて下から向かう道は狭くてわかりにくいのでこちらの方がいいと思います。直線は皆そのまま走ると思っているでしょうから、左折の合図はかなり早めに出した方がいい気がします。

 

【車椅子使用の方のための情報】

県道から分かれた市道? 沿いにあって、山の麓の方の生活道路(抜け道)のようで大型車こそ通りませんが一般乗用車の交通量はそこそこあります。神社は道から石段で上がりますし、神社側の路側帯も狭いです。

わずかに曲がっているために速度を上げて坂を下ってくる車のことが気になりました。残念ですがこちらの神社は車椅子でお詣りできる神社ではないと思います😯

 

 

【境内の様子】

多賀神社社頭(上の分岐を下って通り過ぎた所から)

多賀神社正面(木が手入れされているのがわかると思います)

多賀神社(木鼻あたりが成人男性の背丈くらいです)

木鼻アップ(昔はもっと鮮やかな宮だったのでしょうね)

 

【おまいりをおえて】

お正月明けだったということもあるでしょうけど、神社は落ち葉だらけではなく綺麗な状態でした。近所の方が今もお詣りされているようです😃

 

道案内の所でも書いたように、結構車が通ります。祠から10メートルくらい上は県道168号で、山越えで二つの町を結ぶ道だけに車はかなりの速度で走っています。当然、走行音が大きく聴こえます。上と下の騒音に挟まれて、人の賑わいではなく悪い面での音で落ち着けないのが悲しいです。

 

それでも神域は神域。道から社号標までは粗い気もそこを過ぎるとフワッと穏やかなものに変わります。最後の石段まで来ると、さらに変化して清浄さが増してきます🙂 裏側には何かよくわかりませんが流れをまたぐための石橋? みたいな大きな石が幾つかありました。これは貼るのはやめておきます。

 

大きな神社(古社)はパワースポットともてはやされますね。それに比べたら祠の放射する気は弱いかもしれません。しかし、弱く感じようが範囲が狭かろうがそれは大事な神社には違いありません。無数の祠(小社)がすぐそばの住民と結びついてこの世とあの世のシステムの一部を占めている。これこそが日本を神国たらしめているものの正体(の一部)です。

#神国というのは仕組みに沿っているというくらいの意味です。そして日本だけではありません。

 

こちらの多賀神社はきちんとその機能を果たしていました。鳥居や狛犬もない小さな社ですがいい神社でした。

お詣りと駐車場のこと

今日は田舎にある神社にお詣り時一番大事な駐車場を中心にした話です。

目次

 

【お詣り時に問題となる駐車場問題の様々なケース】

大都市(街中)にある神社だと参詣者が多いからある程度とめられる駐車場を確保しているか、広い境内に駐車するように案内がありますね。もちろん、全ての神社がそうではないですが。街中だと商店街等にあると近くに買い物客用の有料駐車場がありますからそこにとめることもできますね🙂

 

駐車場が無くても、公共交通機関で向かい、電車やバスを降りて徒歩でお詣りできる距離まで神社に近づくことはできると思います。折りたたみ自転車🚲で輪行すればぐっと行動半径が広がります。近くの神社を次々にお詣りしていくのは都市(市街地)の神社巡りならではでしょう。それが少し難しくてもタクシーは乗りやすいでしょう。

 

田舎だとこれに当てはまらない神社の数がぐんと増えます。山の神社では玉垣内は広くてもそこまでの地形の問題で道を広げられず、駐車スペースがないことも結構あります。

 

入り口の鳥居はどこもかなり大きめですので、その前にギリギリ道にはみ出さないようにとめられることもありますが、それも無理な神社も当然あります。

 

神社境内ではないがその続きに空きスペースがあることも。ただし、神社と無関係な私有地っぽいと勝手にとめるのははばかられます。

 

神社周辺に公民館など公共の建物がある場合、そこに駐車してお詣りする人が多いと駐車禁止の立て札があることも。これは他を探さないといけません。どうしても見つからないと諦めねばなりません。

 

田舎でも市街地に多いのは住宅密集地に神社があって駐車場がなく、すぐそばに大型商業施設があるケース。これはとめるかとめないかはその人次第かと。私はとめないです。お参りにどうしても15分以上かかるので、そこで買い物をしたとしてもその時間スペースを使うのはどうかなと思うのです。

 

上記は現地でどうすればいいのか困るケースです😔 これらの場合全てに対応できる方法のひとつが複数人でお詣りです。面倒ですが、駐車しなければ問題にはなりません。交代で移動しながら時間をつぶせば大丈夫。あるいは、買い物しながら交代時間を待てば目的外で店舗駐車場にとめる後ろめたさもなくなるでしょう。お供えもののお酒やいなり寿司等を調達すれば一石二鳥です😁

 

知らない土地にひとりで行くよりもふたりの方がなにかと安心です。

 

ここからはその場での嬉しいことを少々。

 

まれですが、古いストリートビューでは駐車場がないのに、実際に行ってみると神社の続きの土地が整地されていることがあります。すぐ近所の方と出会えることもあって、場所のことを質問すると、お詣りの人はとめてもいいんですよとありがたい返事をもらえることもあります。こうしたケースは本当に嬉しいです😂

 

また別のケースでは、近所の方の広い土地を所有者の参詣者へのご厚意でとめさせていただけることも。こうした場合はありがたいのですけど、それを広めると許可を得ることをせず勝手にとめる人が出るかもしれないので記事では詳細はふせることもあります。

 

神社周辺の人(氏子)にとって遠方からお詣りに来た人はお客人扱いの経験はかなりあります。集落の者しかお参りしない田舎の神社ではわざわざ人が来る経験が無くて驚かれたようで、駐車の件を含めて歓迎していただいたこともそこそこあります。

 

【結論】

いつも書いていますが、特に舗装林道? という道を走らないと行けない神社はバイクに限ります。私も実はまだ小さなバイクは所有しているので片道50キロ程度ならお詣りは可能なのです。もっとも、妹から危ないのでやめてとお願いされているので今では埃をかぶっているのですが😫

 

山の中では前日までの天候により、道に石が転がっていたり枝が倒れていることも。車だとジムニーが安心できるでしょう。路面(路肩)が荒れていて他の車では下回りを打つおそれがあっても、ジムニーなら何も問題ありません。最小回転半径が他の軽と比べるとやや大きいです。気になるのはそのあたりでしょうか。

 

以前書いたように危険動物に襲われた時にもひとりよりふたりの方が安心です。

 

町の神社だとひとり気楽にお詣りもいいですが、田舎だと多少違いがあります。

 

道中も一人より二人三人の方が楽しいです😄 お参り時は各自真面目に神様に向き合えばよいのですから。バイクで、あるいは複数人で軽自動車でお詣り範囲を広げて神社巡りを楽しみましょう。

 

私? 妹からあなたはお詣りは独りでと言われているのでひとりです。ぼっち未解決でおしまい👋

2023初夢とおみくじ(その他)

いつ見るのが初夢かはここでは難しく考えず。その日に夢を見る(覚えていた)とはかぎらないので、大晦日から松の内に最初に見たものくらいにしておきます。

私の初夢は、時間がない中で髭を剃っている夢でした。積極的ではない意味のようです。正月二日なので微妙な書き方になっています😅

 

おみくじもそれを示す感じ。元日に今年のおおまかな流れを伺うと、しばらくは思うようにならないと。その後に上の夢。そして、今日のおみくじは慎重にと。自分では正月明けから一気に巻き返すぞと思っていたのでしたが、少々カラ元気だったのかも。

 

大吉以外が連続で続くことはほとんど経験がないのです。でもこれも考えよう。常に全力を出し続けるのではなく、状況に合わせて落ち着いてやっていれば次第に良くなってくるはずなのです、おみくじ的には🙂 車で全開前には暖機運転(走行)が必要なのと同じかな。

 

ここからその他

氏神様に初詣して境内社をぐるっとまわっている時のこと。お稲荷様の横でこんにちはと挨拶した途端にカーンと音をさせて木の実が一つ落ちてきました。木の実は2メートルくらいから5メートルくらいの高さに数十はぶら下がっていました。少なくとも人の背丈では無風。私はよく足元に大きな枝や木の実が落ちてきます。今回は挨拶のお返事と思って楽しく帰りました😃

 

自然現象と神意をなんでも結びつけるなという人がいるのは承知。私もいつもそうだとは思いません。ただ、神社を好きになるきっかけは何でもいいだろうと思うので、他者がそう思うのは否定したくないし、自身のそれもその時の感覚は大事にしています。

 

目に見える聴こえる以外となると感じとるしかないわけで、それにはゆったりと心の障壁を開きつつ周囲からうける感じに気をつけていることが大切でしょう。誰でもわずかながら繋がりはあるはずです。

 

皆さんがおみくじと初夢でそれぞれの人生にあった令和五年を始められるといいなと思います。

おっと、忘れるところでした。酔いが覚めたら書いてまた飲んでの繰り返しで自分がいつどこでコメント(挨拶)したのかさっぱりわかりません😅 四日からはいつもの日々に戻るのでお許しを。

🎍新年おめでとうございます2023🎍

三日坊主(三記事で放置)のはずが三回目の新年挨拶記事を書いていると、令和二年の自分に教えてやりたい気分です😁 

 

本年もよろしくお願いいたします。

#私と妹と思っていただきたく👆

 

今年の抱負? 願望?

貴船神社で一日過ごす。

伏見稲荷でお山する。

厳島神社(宮島)一日ウロウロ。

・コロナでしまいこんだままのカメラ復活。

・ご眷属様記事を月一に増やす。

 

ブログ関係の抱負はこんな感じですかね。ご眷属様の部分でまたひかれそうですが今更なので😤 お狐様🦊、巳様🐍だけでなく神猿🐵や神馬🐎に神鹿🦌に狼🐺もご眷属様としておられるので、今年は書いてみたいです。

 

お山も宮島も楽しむには健康がベース。いいお詣りはいい睡眠からと言いますし、早寝早起きにも取り組みたいです。

 

正月三が日はお神札を受けに行く時以外は酒を飲んで寝ているため、反応がにぶいです😅 お返事等はできるだけ早めにします。

 

皆さんがよい正月を楽しんでまたそれぞれの人生を頑張っていけることを願って、これから初詣に行ってきます👋

御祭神のお姫様のこと

道が細くて大変だと言いながら何度もお詣りしている消渇神社のお姫様(かずとよひめ)のことを長々と。いつものように何の証拠も示せない話です。

#神社関係者にご迷惑をおかけしないように、この記事の内容についておたずねすることだけはご遠慮ください。

 

a-wi.hatenablog.com

 

目次

 

 

【一豊姫の姿】

戦国末の武家の女性が着ている着物姿でした。これは本人が見せたい姿なので、人によって多少違っているかもしれません。顔ははっきりわかりません。下の安土桃山時代武家の女性イラストによく似た感じでしたが細部がわからないのでだいたいこんな風としか言えません。

追記

コメントで一豊姫の絵を描かれた方のブログを教えてもらいました。その時は気がつかなかったのですが、一豊姫関係のページを検索して見ていくと、小さい画像ですが顔がよくわかるページがありました。

消渇神社『一豊姫』霊神絵画が完成! - TAZUKO多鶴子

 

【一豊姫の日常】

参拝者のお願いを聴いて動く時以外は一人静かに過ごしているみたいでした。霊が死後すぐに強い力を持てるはずもなく、神となるための準備に相当な期間を要したようです。ネット上の神社の説明文を読むと、信仰が起こったのは死後百年は経ってからなので、そのくらいかかったのかと。自身で働けるようになってからも、難しい問題については上の方々のお力をお借りして対処してきたみたいでした。

 

山の上で寂しくはないの? とたずねると、参詣者が時々来るので特に寂しくはないとの答えでした。

【ご眷属様のこと】

ご眷属様も一人前となると軽く数百年は神社で働いてきたわけです。元々人間で祭神になった方とはいろいろな問題があるのかもしれません。願いを叶えるために働くご眷属様達は(私が受け取った感じでは)おられないようです。

 

この理由もたずねました。すると、上で書いたように周辺の土地の神様やご縁のある記紀神話の神々の助けを随時得られる故に、ご眷属様常駐の通常のシステムとは違っていても大丈夫だからのようです。

 

姫様がこれからも長く人を助け続けてさらに強い力を持たれたら、お慕いする専属のご眷属様がおられるようになるのかもしれませんね🙂

 

#一定の広さの境内を持ち、鳥居からのびる参道の向こうに社殿や付属施設がある神社には平均して五、六体から十数体のご眷属様がおられるようです。一宮兼高い社格だった神社などは数十体以上でした。境内社によくある大きさの外宮(祠)くらいの社には数体です。

【お供えのこと】

戦国時代末の女性です。甘いものが貴重な時代に生きていた人ですから、お菓子はとても喜んでもらえました。練り切りあんのような見た目も素晴らしい和菓子は、綺麗と楽しんでいる感じが伝わってきたのを覚えています。

 

果物は好物だそうで、干し柿はとても好きなものと聞きました。毛利氏が糧食としていたとネットで確認しました。珍しいが口にすることは可能だったのでしょう。もしかするとお供えとして食べたのかもしれません。

 

手ぶらだからとマイナス評価は神仏はされませんが、楽しませてくれる品は歓迎していただけますから、美しいものや美味しいものを用意できたら持参してほしいです。そして一緒に食べて楽しい時を共有してはと思います。

【一豊姫のお願い】

子宝、婦人病にご神徳となるとまだ若い独身者では特にお願いがない人もいると思います。その場合でも気軽に遊びに来てほしいのだそうです。参拝者からいろいろな話を聞くのが楽しいとのことです。

 

お参りの時、呼びかけるのは”神様”でなくてもいいとのこと。一豊姫様でも姫様でも自分が呼びやすいものでいいそうです。こうしたことにはこだわりはないようです。

 

私は元々人間だからちゃん付けなのですがそれも許してもらってます😅

【おわりに】

私がやりとりした感じでは、苦しむ女性を助けたいという思いは生前から変わりなく強いが、それ以外はとても控えめな優しい女性の印象です。それは今は神となって穏やかな心で過ごしているからでしょう。以前の記事で道中大変と書きすぎてお詣りする気が失せた人がいたかもと思って謝ったら、気にしないでと。そういう人(女神)です。お近くに来られる時はこの神社へのお詣りをお願いします。

 

神社の面白い所は、歴史に縛られない点です。四百年ほど前の人でも向き合って会話が可能です(ほとんどの人は一方的に話すことになりますが)。交流の場の不思議な機能に感謝です。

 

今回の記事は過去から現在まで神社を大事に守られてきたご神職や高屋町の方々には勝手なことを言いたい放題で不快なものかもしれません。もしそうでしたらお詫びいたします。

 

私は名だたる天津神国津神の女神様方も大好きですけど、思いの尊さ、強さで人から神になった女神様も大好きなのです。人間の美しさと可能性を示してくれていると強く思うからです。私の大事な友達の話でした。

守護霊にお詣り先を決めてもらうこととその問題点

先日の記事で書いたように、お詣りする神社を決めるのもなかなか大変です。道が狭かったり(狭いだけならいいが何キロも山中を走るとトラブルの不安が)、駐車場が全くない道路に面した神社だとお詣りのモチベーションが下がりまくりなので。

#車一台ぎりぎりの曲がりくねった道でのバックや、倒木落石による通行困難。他にこの季節は猪等の動物との事故が考えられます。

そこで、守護霊オススメに従おうと思って"お願いしてお詣りのスタイル"に変更したのです。今回はやっていることを書いてみようかなと思います。

 

最初に市町村を決めます。次に多くの分社を持つ神社(系列)を並べたリストを用意します。これが何かというと、例えば八幡神社八幡宮)、稲荷神社といった具合に日本のどこでも目にする神社を二十ばかり並べた紙です。これを元に守護霊と対話していくわけです。

 

〇〇市でお詣りすべき神社は八幡神社? と問うて、違うと言われたら次に稲荷? のように順番に訊けばどこに行くべきなのか(例えば春日神社だと)わかります。後は市町村名とその神社で検索すれば出てくる中のどれかをさらに絞り込むわけです。直接会話ができないとこうした方法になります。

私は道具は不要ですが、もし道具を使うならペンデュラム(振り子)でしょうね。ただし、あれは霊的にある程度成長していないとまともな対話は不可能です。きちんと対話できていればたぶん……守護霊の力の一端を目の当たりにすることになるでしょう。

 

上記の方法は興味半分でやることではないです。覚悟が必要です。安全を確保するには守護霊との密接な繋がりだけでなく、獲物を探しているよからぬものたちに隙をみせないことも大事です。結局、なんらかの神仏の護りがないとダメなのです。

 

霊に関することで一足飛びはダメです。一歩一歩進んで行く必要があります。守護霊とどう性急に付き合うかを考えるよりも、守護霊が喜んでくれるような生き方、あり方を模索して日々真摯に過ごしていくしかないと思います。そうした日々に寺社へのお詣りが含まれれば自然に神仏のご加護も得られることでしょう。

 

守護霊を無視しても霊的に成長していくことは可能だと思います。その場合も、裏では多くの存在のサポートがあるのは間違いありません。意識して生きるのも生きないのもそれぞれ長所短所があります。ある地点まで来たら共に意識して生きることに傾いていくのかなと感じます。

 

この記事は誰にでもすぐできる、参考になる記事ではありません。それは誰がどのくらいこの世での霊的な段階にあるか書いている私にわからないから、個別のアドバイスができないためです。また、個別にこたえることも忙しいのと霊的な責任の問題があってしません。

 

こんなお詣りもあるということで書いた記事でした。

 

追記

守護霊がどうしてもこの神社にと判断したら道が細かろうが強く勧めてくることもあるかもしれません。その場合嫌だと突っぱねることもできますけど、自分から尋ねておいて嫌だはアレです😑 守護霊視点と自分の視点の違いをよほどのことでない限り受け入れるのは前提です。