三嶋神社は土佐国の西半分に複数あります。指示されたこちらは須崎市から車で十数分北上した津野町にありました。
目次
【御祭神】
【御由緒】
”津野氏の祖「経高」が関東より下向の時、伊豆三嶋神社より勧請したものである。”
#境内由緒看板に書かれた文章の一部。私が撮った写真だとよく読めないため、ネット上で見ることができた写真で確認しました。
上のWikipediaのページだと経高がいつの時代の人かがわかります。
以前の記事でもリンクさせていただいた下のサイトの高知の祭り内に三嶋神社のことがわかる記事がありましたので、今回もありがたく張らせていただきます。
【三嶋神社への道】
国道33号から国道494号へ、そして国道56号から国道197号を北上します。56号から別れてからは約12キロで右に三嶋神社があります。197号から右折したらすぐ境内なのでナビでルート確認したらあとは任せて走るだけですね🙂
下の写真右側が国道197号で、左の道が一の鳥居と二の鳥居間の道です。これは通り過ぎた所からです。

神社駐車場となっている場所が見つからず困っていると横の施設から繋がっているみたいでこちらにとめました。ここは酒蔵ホール 葉山の蔵といってイベント等で利用でき、酒造りの道具も見ることができるそうなので、こちらも見学のつもりでした。
#貼り紙がしてあり、一昨年から喫茶営業終了で中で一休みはできなくなっていたため、そのまま次へ向かいました。神社にお詣りにきてこちらもということはもうできなくなってしまったようです。
【👩🦽車椅子使用の方のための情報】
葉山の蔵左側に細い道があります。

こちらを進むと境内への出入り口があってチェーン等は張られていません。

他所からのお詣りがある意識が無い集落そばの神社では、乗り入れ禁止にすることを考える必要が昔から無くてしていないことも。こちらがそうかはわかりませんが、関係車両以外進入禁止の立て札等はなかったです。
車椅子の方にはどの神社でも配慮していただけるので、隅にとめたから怒られることは今時は考えにくいですけど、できたら事前に許可をいただいておくと安心ですね。と書いたのですけど、ネットでは宮司連絡先が見つけられず。こうした場合は私は神社周辺で地元の方(氏子)に許可をいただくようにしています。ただ、コロナ以降、外にいる方にたまたま会えることは難しいです😔
石段を上がらなくても社殿のある土地に行けますし、参道と土地の段差もそこまでありませんから、物理的に不可能な神社ではありません。
【境内の様子
三嶋神社一の鳥居

三嶋神社境内入り口二の鳥居


拝殿

拝殿を斜めから

本殿

社殿全景

社殿横から見る境内

拝殿前から見る境内

社務所と神庫?

手水舎

鉢と龍の口

表忠碑説明板

表忠碑

忠魂碑


これはかずら? で作られた茅の輪でしょうか。

高知県からはるか彼方のブラジルへ渡った人の故郷への想い。

【おまいりをおえて】
この日の境内は、少しだけ抵抗を感じました。がさつきは全くありませんので、抵抗感=悪いということではないので念のため。小雨のお詣りになりましたから、どうしても影響されます。
本殿近くでは緩やかな放射を感じたとメモにありました。
#いつものことですが、あくまでもその時の個人の感想にすぎません。書いている感じはあまり気にせず、ご自身がお詣りした時の感覚を一番にしてくださいm(__)m
御祭神の父娘は酒造りの神でもあります。神社の隣が元酒蔵というのも似合いすぎに思えました😄
神社がどう機能するかに社殿の大小は直接関係しません。ですが、先人が残してくれた見事な木造建築として、素晴らしいものは素直に感動するべきかなとは思います😌 こちらの三嶋神社社殿の屋根の重なり具合の美しさ!😮 入母屋が繋がっているからこれも権現造なのだろうと思います。旧郷社とネットで見ましたが、言われたら納得の社殿でした。
平地でお詣りはしやすくても結構広いので掃除は欠かせないはずです。境内は写真の通り気持ちよい状態に保たれていました😌
忠魂碑が二つあるなと思って説明文を読むとひとつは幕末の志士に関するものでした。今は高知県ですが読むと一気に土佐国へ。神社がただ神々を祀る場ではなく人々の営みの大事な位置を占めてきたから境内にあるのでしょう。
ブラジルへ渡った方が故郷を想う時に神社が心の中にしっかりあったのかな。自分が属していた氏子という集団と祭りの記憶はその地を離れても消えることはないのでしょう。歩いて行ける距離に神社があって今すぐにでもお詣りはできるありがたさをこうした機会に考えます。
丸い大きな輪は他では見られないと思います。その神社独自と思われるものは住んでいるのと離れた地方でよく出会いますね。小さな驚きも多くの神社で積み重ねると自分だけの大きな財産になっていくでしょう😄
三嶋神社は地域の人と今も共にある綺麗ないい神社でした。