落雷による本殿屋根の焼失がニュースになった神社です。地図で探した時は全く気がつかず、お詣りして修理中の社殿を見てようやくそのことを思い出したのでした。
目次
【御祭神】
火結命 奥津彦命 奥津姫命
経津主命 武甕槌命 天児屋命 姫大神
【御由緒】
由緒看板

【神谷神社への道】
綾川のすぐ東で国道11号が直角に折れ曲がる所、交差点としては香川県道187号が反対側にあるので、坂出インター(つまり西側)方向からやってきたら大きなT字路で左折することになります。
県道187号を300メートルほど北上すると信号のある交差点に青と白の案内標識で神谷神社へのルートが示されています。ここを右折します。1キロ少々、住宅と田んぼの間の道(片側一車線です)を走るとT字路にぶつかります。案内看板がありますから安心して左折してください😄

そこから70メートルくらいで細い神谷川を渡ります。渡り終えたら右折です。

鳥居の間を抜けて道が奥へ延びているので先へ進みます。
神社駐車場までは400メートルほどだったと思います。センターラインの無い生活道路ですが、なんとか車二台分くらいの幅はあったと思います。距離も短いですし、見通しも悪くないので不安になることはないでしょう。駐車場は神社の向かって右側に未舗装のものがあります🙂
駐車場は5台は楽に駐車できるくらいの広さでした。

【👨🦽車椅子使用の方のための情報】
石段部分に車椅子のためのスロープは無かったです。ただ、拝所の横の垣の切れ目から入れないことはないように見えました。石があって最大で10センチ程度の段差がありますが、これは介助者が入れば楽に乗り越えられるのではないかと🙂

駐車場からすぐの所ですが、その前に正面に周って手水舎に行かれた方がよいと思います。手水舎にも少し段差があるので一人だと危ないかもしれませんが、介助者に後ろで支えてもらえば大丈夫でしょう🙂
境内入り口の二の鳥居向こうには玉垣内へ上がるために石段が五段あります。持ち上げてもらうのは危険です。拝所前には横からが安全でしょう。
拝所の賽銭箱はまた石段を上がった所にあるので、石段下からおまいりになるでしょう。
拝所向かって左の玉垣に沿って境内社が複数並んでいます。こちらは地面からの台座の上にあるので、そこまでは平らです。境内社へのおまいりは何も問題ないと思います🙂
【境内の様子】
神谷神社一の鳥居(〇幣〇社とか郷社とかでなく国宝の文字に視線が)

国宝本殿の説明板

注連柱

神谷神社社頭

社殿全景

拝所正面

拝所から奥を

拝所斜めから

拝所前を横から

修理中の本殿(一日経って追加で貼りましたm(__)m)

境内社群

神谷地神社(と手水舎の画に書かれていました)

荒神社(参道途中)

手水舎

手水舎にある昔の境内図

神輿蔵

宝物庫(呼び名はこれでいいのか不明なため仮称)

宝物解説板


影向石

影向石説明板

影向石への道(本殿横から150メートル、歩いて2分くらいの緩い坂道です)

残念切りの石(荒神社裏、参道脇にあります)

石の傷

【おまいりをおえて】
両側から山の緑が迫る狭い谷間にある拝所の美しさに惹かれてお詣りを決めました。私の住む辺りにはなかなかこうした神社はないのです😌 お詣りした令和6年9月時点で工事予定期間のちょうど半分。本殿は覆われていて見えませんでした。今年令和7年秋には修理が済むそうで、参詣者がその頃には増えそうですから、お詣りそのものが目的なら夏までの方がゆっくりできるかも。
二の鳥居から内は穏やかな気に包まれていて、拝所前はすっと整ったように感じました😊 社頭と書いて貼った写真を見れば、山の奥から見えない何かが流れてくるような感覚になる人もいるかもしれませんね。お詣り時はお昼前でしたがまだまだ澄んだ気に包まれていたようでした。早朝にお詣りしてみたかったです。
影向石からは何か涼しいものが放射していたのか? 真冬に妙に暖かく感じる岩もあれば暑い日に陽を受けても涼しいこともあって、人間の感覚というものは面白いなあと思わされます。
#いつも書いているようにその時個人がそんな風に感じたということです。他の方がそう感じるかはわかりません。
神谷神社拝所は少し派手ですが、周囲の自然と調和して人の心に清々しさを生じさせているようです😊
途中の案内看板から始まって、境内各所の案内板(説明板)もあり、その度に神社への想いが増していくのがわかります。人は看板を通してその神社を維持している人の想いに触れています。神社は神と人を結ぶ場であると同時に人と人を結ぶ場でもあります。これを知らないと神社は自分の利益のためにある場所だとカン違いをしてしまいます😔 受け取るのは御神徳と人の想いの両方で、還す方向もそれです。
神谷神社は、長い歴史を経ても変わらぬ大切なものと精神は、暮らしのすぐそばにあって意識するかしないかの問題だと人に訴えかけているように感じた綺麗ないい神社でした。